第45話 黒縁メガネ

 『最高の笑顔にしよう』なんて、勢いで言ってはみたものの、

本当はまだ解決していないことがある。

どうやってエーヨに黒縁メガネを外させるか、だ。

この点をクリアしなくては、エーヨの笑顔は絵に描いた餅に過ぎない。


 感極まった2人に抱き付かれている手前、

この点を口にすることができない。どうしよう。

もし、まだ問題が残ってることが2人にバレたら……。

抱き付き損だとか、口先だけのヘボ王子だとか言われそう。

そんなことでは、西の館でまったりのんびりはできない。

どーしよー、どーしよー、どーしよー。




 そこへまた、メイドが通りかかる。アイラだ。今度はすこぶる都合が悪い。

2人に抱き付かれているところを、しっかり見られる。

アイラに抱き付かれるならうれしいけど。

他のメイドが抱き付いているのをアイラに見られるなんて最悪だ!


「トッ、トール王子……すっすみません、すみません、すみませんーっ!」

 そう言いながら持っていたもので顔を隠すアイラ。

かなり混乱しているようだ。全部、抱き付いている2人がいけない!

いや、悪いのは僕なんだろうか……。


 アイラの顔を隠しているものを見たあと、一瞬逸らし、また見る。2度見だ。


「アイラ、その本!」

「はいっ。『おとぎの国の王子様と沈黙のお粥さん』です……」

 シリーズの第4巻にして、王子が結婚する、禁忌の問題作だ!

たしか、お粥を食べようとして黒縁メガネを外す公女がヒロインだったはず。


 通称は『お粥さん』だが『沈黙』派も存在する。エーヨがそうなんだろう。

はじめて会ったときに推しを尋ねたら、エーヨが沈黙したのが証拠!

言葉ではなく態度で示すなんて、洒落たことをする。


「……すみません。エーヨ様に最新刊を借りて読んだら、

『沈黙』を思い出してしまい、つい持ち出してしまいました。すみません」

 アイラも沈黙派だったとは、なんだかさみしい。仲間外れにされた気分だ。

でも、お陰で全ての謎が解けた! エーヨの推しはお粥さんだ!


「いいんだよ、アイラ。ありがとう!」

 と僕が言うと、僕に抱き付いている2人がすーっと中央を開ける。

それはまるで、アイラが抱き付くスペースを空けたよう。

アイラは、空気を読むのが上手い。この空間を見逃すはずがない。


 だけど、今はそれどころじゃない。


「まままっ、待て待て待てーっ! 今直ぐ、西の礼拝堂に行くぞっ!」

 抱き付く2人を振り解き、歩く。アイラも含めて3人が付いてくる。




 夕方。宮殿舞踏会がはじまる。

舞台の中央に座るエーヨ。ある事件をきっかけに、機嫌がすこぶる悪い。

正面の特別席に父王夫妻とオートスリア公爵夫妻。その背後には数千人の群衆。

ヒーライとハーツは脇口の実況舞台にいる。僕は、舞台袖から全てを観る。


 ゲームがはじまる。

象を転げさせた長兄も、急造メイド隊にくすぐらせた次兄も、失敗に終わる。

秒殺だ! そんなことで笑う今のエーヨじゃない。

今日、エーヨを笑わせるのは、礼拝堂でアイテムゲットしたこの僕だっ!


「さぁ、3人目。2冠王子のトール殿下の登場か?

殿下には、オートスリア公爵夫妻も期待を寄せているといいます。

はたして、その期待に沿うことができるか、トール殿下ーっ!

おーっと、トール殿下より先に、うわさの底辺メイドが登場か?

いや、見かけない顔だ。一体、何者だーっ!」


「2人とも西の館の新メンバーやねっ!」

 ヒーライとハーツはノリノリだ。

オートスリア公爵夫妻や群衆の期待を煽る。


「実況舞台、実況舞台。ハーツ公女がおっしゃる新メンバーの情報です」

「お願いしますっ!」


「1人目がヘレン、11歳。孤児院出身の11歳。11歳ですっ!」

「なんとーっ。あの出来上がった身体で11歳とはーっ!」

「イソフラボーン効果やね。トールはわりかし雑食なんよ!」

 放っておいてくれ。まだ誰も食べてないから!


「それから2人目。2人目はゴガーツ公爵の娘、とのことです」

「ゴガーツ公爵といえば、10年前に没落した元名門ですが……」

「今ではとても優秀なメイドなんよ!」

 ハーツの言うことは間違いない。

10年間、両親が病気のとき以外、片時も主人の元を離れなかったんだから。


 ヘレンが土鍋の載った台をエーヨのテーブルの前まで運ぶ。

そしてミトンを着けて土鍋をエーヨの前に置いたのが……。


「暇をくれって、こういうことだったのね、メイ」

 エーヨの元メイドにして、ゴガーツ家の1人娘。

今は西の館の新メンバー(仮)。

エーヨの機嫌が悪いのは、メイが突然辞めたから。


「…………」

 メイが沈黙を貫く。エーヨの横で深くお辞儀をしたまま微動だにしない。

エーヨが皆まで言わずとも意を汲んで動くメイドのメイは、もういない。


「猫谷組を紹介してもらったからって、私を裏切るなんて、本末転倒よ!」

 エーヨの機嫌がますます悪くなる。それでもメイは沈黙を貫く。


「…………」

「でもよかったじゃない。ゴガーツ家が再興すれば、働かなくていいんだもの」


「…………」

「トール殿なら、直ぐにでもゴガーツ家を再興してくれるでしょうね」


「…………」

「それにしてもお粥さんだなんて、誰が思いついたのよ」


「…………」

「まったく。熱いうちに食べなきゃ意味ないでしょ。早く蓋を取りなさい!」


「…………」

 メイが黙ったまま蓋を取る。

大量の湯気が発生し、瞬く間にエーヨの黒縁メガネを曇らせる。

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