第40話 三冠へ!

 宮殿からの帰り道。僕はとある公爵に呼び止められた。


「2冠のトール殿下。お願いがあります!」

 2冠というのは、僕がチャッチャ様とハーツの2人にアタックしたから。

もし明日もアタックすれば3冠王子となるが、僕にその気はない。

そんなことより、西の館でまったりのんびりしたい。


 だけど、僕にはその公爵を無視することができなかった。


「あっ、貴方は……」

 シルクハットを脱いで人目を気にせずに頭を下げる公爵。

光沢のある黒の燕尾服の裾がシャキーンと飛び出している。


 その横には、見事なロングドレスを身に纏った美しい妙齢の夫人。

公爵同様に、深々と頭を下げている。


 これではまるで、僕が公爵夫妻に無理難題を吹っかける陰険王子みたいだ。

周囲が立ち止まって、こちらを見てひそひそとはなしをしているのが聞こえる。


 しかたがない。個室のある料理店へと入る。




「で、どんなお願いだというのですか? オートスリア公爵ご夫妻」

 僕の目の前にいるのは、エーヨのご両親だ。

公爵様は男前だし、夫人は歳の割にはかわいらしい。

王国随一の美男美女カップルだ。


「明日のゲームでは、トール殿下に3冠を取っていただきたい!」

「簡単ですよね。トール殿下なら!」

 にこりと笑う夫人の胸元につい目が行ってしまう。

年増好きという異名も案外、出鱈目ではないのかもしれない。自分でそう思う。

それにしても、実の母娘とは思えないほど、エーヨとは違う。


 言っている内容は、尋常じゃない!

明日のゲーム内容は既に発表されている。

『10年間笑っていないエーヨ公女を笑わせること』だ。

どう考えてもムリゲーだ。あのエーヨが笑うはずがない。


「つまり、エーヨ様を笑わせろと?」

 ムリだ。そんなの絶対にムリだっ!


「そうです。私も妻も、もう1度だけでもエーヨの笑う顔が見たいのです」

「エーヨはね、今はあんなだけど、私なんかよりずっとかわいい子なのよ」

 夫人は言いながら、僕に小さな絵画をチラ見せする。かなりの枚数がある。

どこで手に入れたのか、僕が西の館の初日に入浴しているときの絵だ。

僕にリズが跨り、その横でキュア・ミアとキャスが僕に身体を押し付けている。

実際に起こったことだから、文句は言えないが……。


 こんなものばら撒かれたら、僕は終わりだ!

国中からどんな異名で呼ばれてしまうか、考えるのもイヤだっ!


「くっ、くすぐればいいじゃないですか!」

「そのようなこと、すでに試しております」

「箸も象も転がしましたが、ダメでした……」

 象って、転がるものではないだろうに……。


「じゃあ、えーっと、えーっと、えーっと……」

 思いつかない。そもそもエーヨを笑わせる方法なんてない!


「これは男の勘ですが、あなたにならできる!」

「女の勘も同じです!」

「できません!」


「いいや、できる!」

「できますわ!」

「無理です。できっこない!」


「ならば、我がオートスリア領は王国から独立し、宣戦布告するまでだ!」

「イエスカーブ家やドンスカター家は私たちの盟友。弱みを握っているもの!」

 弱みを握って無理矢理盟友にすんなーっ!

夫人は顔がかわいいだけに恐怖すら感じる。

一体、どんな弱みを握ってるんだ?


 でも、父王がよく言っている。

3公爵家が束になってかかってきたら、そのときだけは王国が危ない、と。


 もしかしたら、僕はとんでもないゲームに巻き込まれたのかもしれない!


「わっ、分かりました。兎に角全力でエーヨ様を笑わせます」

 と、約束はしたものの、僕には何の策もない。

どうすればいいんだろう……。

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