笑わない公女

第39話 平和な国

「酔狂でないなら、何だっていうの?」

「実用さ。西の館を護ってくれる女性を探していたんだ」


「それで、チャッチャ様にさせようってわけ?」

「その間に僕は領地の視察に行く。な、実用的だろう」

 ドヤ顔を決める。エーヨの反応は冷たい。


「ゲスね。酔狂どころか、とんだゲス野郎ね! 乙女の純情を弄ぶだなんて」

「ハーツなら、受け容れてくれたじゃないか」


「違うわ、このゲス野郎! チャッチャ様のことよ」

「チャッチャ様が乙女? チャッチャ様が純情? 信じられない……」

 世間では軍服の麗嬢なんていわれてるチャッチャ様だけど、

美少女には目がなくて、いつも女色に溺れるエロ公女。

それが、僕の知っているチャッチャ様。それ以上でも以下でもない。


「あなた、本当に気付いていないわけ? 鈍感にもほどがあるわ……」

 気付くって、何に? 僕は何を見落としているんだろう。

考えれば考えるほど、分からない。考えるのをやめても、分からない。


「……はぁっ。もういいわ。言っても分からないだろうから」

「おい、エーヨ。そんなふうに僕を諦めるのはよくないぞ」

 歳下のエーヨに見捨てられる僕って何?


「ご安心ください。最初から期待しておりませんので」

 エーヨは相変わらず手厳しい。ここへきての敬語だ。

それでも僕は諦めない。


「そう言わずに教えてくれ。気になってまったりのんびりできないよ」

「どうせ寝転がるだけでしょう。読書くらいはしなさい」


「本を読んでばかりじゃ、分からないことだってあるだろう」

「何を言っているの! 読書以上に知的な行為なんかないわ!」

 そう言ったときのエーヨには、今までとは全く違う迫力があった。

まるで何か弱いところを隠しているような気がした。

ふと、エーヨの瞳に吸い込まれそうになったのを思い出す。


 やはり、エーヨにはリズが言うだけの何かがあるのだろう。

それが何なのか、全く分からないが。


「いいわ、教えてあげる。その代わりチャッチャ様を泣かせたら許さないわ」

 僕がチャッチャ様を泣かせるなんてあり得ない。

不可抗力でもなければ、何をやっても僕がチャッチャ様に勝つことなんかない。

そんなこと、エーヨにだって分かっているだろうに。


「もちのろん! 僕は絶対にチャッチャ様を泣かせるようなことはしない!」

 ハッタリだ!


 その直後。


「おい、トール殿、聞いてくれ!」

 そう言って僕の手を握ってきたのはチャッチャ様だった。

よだれモードでも王子モードでもない。世間のいう軍服の麗嬢とも違う。

ちょっとだけ興奮気味で、その目には涙が溢れている。


 エーヨを見る。

『言っているそばから泣かすんじゃない』と言っているような、冷たい目線。

誤解だって。僕が泣かせたわけじゃない。

チャッチャ様に目を戻す。


「どうしましたか、チャッチャ様? いささか興奮なさってますが」

「これが興奮せずにいられるものか。この私が再現道化を演じるのだぞ。

しかも相手は傾国の9頭身爆乳公女、ハーツだぞ。うれしいのだ」

 ほら出た。僕の目の前にいるのは、

美少女には目がなくて、いつも女色に溺れるエロ公女。チャッチャ様だ。


「ハーツとは見知った仲なのでは」

「4年も前のことだ。ハーツは当時はまだ9頭身でも爆乳でもなかった」

 どう考えてもエロ公女の発言だ。世間は騙せても、僕は絶対に騙されない!


「そんなに興奮していては、手の震えがハーツに伝わってしまいますよ」

「それは困るな。心して演じるとしよう。行ってくる!」

 チャッチャ様が足速に舞台袖に向かう。




 残った僕とエーヨ。


「驚いた。いつのまにチャッチャを手名付けて?」

「うーん。僕もよく分からないんだ」

 と、はぐらかしてみたものの、実際には心当たりがある。


 父王にあいさつして直ぐ、チャッチャ様にバッタリ出会った。

そのときに西の館を護ってほしいとお願いをした。


————


 『君がそう言うのなら、従うとしよう。西の館には温泉が湧いたと聞く。

 1日の終わりに、君のメイドたちと私の兵たちが温泉で共に背中を拭う。

 そんな日常もありやもしれん! 西の館の警護、やらせてもらおう!』


 即答だった! 絶対にイヤがられると思ったのにOKだった。


————


 そのときに僕は思った。チャッチャ様は単なるエロ公女だ、と。


「さすがはBGCRの4位と5位ね」

「BGCR? 何、それ?」

 聞いたことがない。


「ビューティー・ガールズ・コレクティング・ランキング。

あなたも1度は聞いたことがあるでしょう。

国立ビューティー・ガールズ・コレクティング協会の名を」

「たしか、父王が月1で会議をしていたような気がする」

 その日の父王は、決まってテンションが高かった。


「協会は毎月、ランキングを発表しているの。それがBGCR。

今朝発表されたBGCRでは、あなたが4位よ」

「しっ、知らなかった……」

 けど、底辺メイドたちのレベルなら、上位入賞もおかしくはない。


「新聞くらい読みなさい。各紙とも今朝は1面のトップ記事だったわ」

 いや、読まないって。そんな記事ばかりなんだもの。

昨日はニョッキゲーム優勝騎士インタビュー、

一昨日は貴婦人の茶話会の話題ランキング。

この国は平和だ!

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