第41話 深まる悩み

 一夜明け、早朝礼拝に行く。

エーヨのことで憂鬱な気分だったが、僕以上に憂鬱そうなのがいた。

礼拝堂と附属の孤児院を切り盛りしているヘレンだ。


 ヘレンはいつも薄着で、身体の線が透けて見えている。

控え目に言って、エロい身体付きだ! 歳は僕より上か同じくらい。

毎朝の礼拝に元気に来れるのも、ヘレンのおかげと言っていい。

この際だから、軽度の犯罪には目を瞑ってほしい……。


「本当に、困ってしまいました」

「どうしたんですか? ヘレンさん」

 紳士的に言う。


「あっ、トール殿下。実は、大変言いにくいのですが……」

 ヘレンが言うには、先日、西の館が寄進した米と砂糖と油についてだった。

最高司祭様に引き取るようお願いしたのだが、神の御宣託により断られた。

ただし、大豆だけはちゃっかり全て持ち去ったらしい。


「炊き出しをしようにも、この辺の民はみんな豊かですし……」

 とどのつまり、米と砂糖と油には使い道がないというわけだ。


「分かりました。使い道については僕も考えておきますよ」

 毎朝、僕に元気をくれるヘレンのためだ。ひと肌脱ごう!


 こうして、僕の悩みが増えた。




 遠乗りのあと『猫谷組』のアースを迎えた。

石造りの館の改修工事の説明だ。2つのプランが用意されていた。


「このBプランって、なんだか凄いですね!」

 壁を全面ガラス張りにするというもの。


「そうなのじゃ。だがBプランには2つの課題があるのじゃ」

「どんな課題ですか?」

 これ以上、悩みごとが増えるのは良くないが、

少しでも西の館をいいものにしたい。


「強化ガラスの製造には、幼女の力が必要なのじゃ」

「そんなの、アース様の幼稚園のお友達に頼めばいいじゃないですか」

 対して悩まずにすみそうだ。


「違うのじゃ。儂は幼稚園児じゃないのじゃ」

「またまたぁーっ。では、おいくつなんだい?」


「もう16歳なのじゃ」

「えーっ! てっきり、背の高い幼稚園児かと思っていました」


「失礼なのじゃ!」

 まさかの僕と同い歳。ちょっと背が低いだけ。

幼稚園児でないなら、もっと敬意を払わないと!


「ごめん、なさい……」

「まぁ、よいのじゃ。それより、2つ目の課題はまかないなのじゃ」


「まっ、まかないですか?」

「強化ガラスを高所に運び込んでの作業は危険を極めるのじゃ」


「それとまかないとは、どういう関係が?」

「大ありなのじゃ。危険を回避するには多くの贄が必要なのじゃ!」


「贄って……どんな贄ですか?」

「お昼には鳥カラさん、10時と3時のおやつには飴ちゃんなのじゃ」

 ツボってしまう。笑いを堪えるのに精一杯だった。

敬意を払おうと決めたばかりだけど、食物にさんとかちゃんとか、子供過ぎる。


 だけどこの2つの課題なら、直ぐにでも解決できるかもしれない!


「アース様、このあとお時間ありますか?」

「さっ、さすがはトール殿。同い歳と知るなり、デートの誘いなのじゃ」

 どうしてそうなる? さすがってどういうこと?


「違いますよ! 2つの課題を同時に解決できるかもしれないんです!」

「なるほど、そうやって誘い込もうというのじゃな。さすがなのじゃ」

 もう、知らない。


「西の礼拝堂には大量の油と砂糖が余ってます。附属の孤児院もあります」

「油に砂糖に孤児院とは! 素晴らしいのじゃ。行ってみるのじゃ!」

 こうして、僕たちは礼拝堂に移動した。




 出迎えてくれたヘレンに事情を説明する。


「分かりました。では明後日から私が工事現場に行けばいいんですね」

「違うよ! もっと幼い女の子じゃないとダメなんだって!」

「そうなのじゃ。12歳以下がいいとされているのじゃ!」


「だったら私、セーフですよ。まだ11歳ですから!」

「うそーん!」

「うそなのじゃ!」

 どう考えてもヘレンの出来上がった身体は、僕より歳上か同い歳。

アース様だってそう思っているようだ。


「失礼ね、2人とも。私がここへ来たのは10年前。1歳のときです」

「そんな、バカな……」

 言いながら、ヘレンとアースを交互に見る。

同い歳に見える歳下の孤児と、歳下に見える同い歳の棟梁。

世の中は不公平にできている。


「トール殿、酷い目付きなのじゃ!」

「本当です。最高司祭様に訴えますよ!」

 2人を怒らせてしまい、こっぴどく叱られた。


 結果的には、孤児院の全面協力を取り付けることに成功!

アース様は孤児を選抜し、10人ずつの2つのグループに分けた。

1つは強化ガラスを製造する『熊さん組』、背の高い子が多い。

もう1つが背の低い子が多い、まかないの鳥カラや飴を作る『兎さん組』だ。

動物にさん付けがツボっているが、何も言わない。


 ヘレンはノリノリだ。


「なるほど。ガチの幼女は『熊さん組』ってことですね!」

「えっ? 熊さん組の方が胸が大きいけど?」

 ガチの幼女って、文字通り幼いってことだと思うが……違うのか?


「でも歳はみんな8歳以下ですよ! 逆に『兎さん組』は9歳以上!」

 年齢と胸囲の関係について、僕は学び直す必要があるのかもしれない……。


「見た目に騙されてはいけないのじゃ!」

 ない胸を両手で押さえるアース様の言葉が染みる。


「では、私は『兎さん組』ですね! まかない、まかないーっ!」

「違うのじゃ。ヘレンは、どちらでもないのじゃ!」

 アース様が凄んで言う。


「どうして? どうして私はどちらでもないの?

私、掃除や洗濯はこの中で1番よ。お粥さんなら誰にも負けない!」

 もはや、ツボを押しても効き目がない。

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