第37話 みんなの祝福!

 苦しいのも続く。


「殿下、苦しい。あと1分30秒で残り200ミリ。今のペースでは絶対ムリ」

 ヒーライの言う通りだ。僕はもう楽になってもいいのかもしれない……。

どうせムリなら、今辞めたって同じだ。


 くじけかけたそのとき。正面から声がかかる。


「トール様、寄せてあげて寄せたおっぱいは、上からです……」

 トーレだ! 神聖な宮殿で『おっぱい』発言とか、自由過ぎるよ。


「……私、決めたんです。デザインの力でご主人様を幸せにするって……」

 ハイブランド・トーレビアンの創業者であるトーレなら、

そんなことは簡単なのかもしれない。僕の首が繋がっていればのはなしだけど。


「……この衣装、上からもむと、気持ちいいように計算ずくです!」

 そんな計算、要らないって!

だけど不思議だ。僕の口の中は、潤いを取り戻した。

喉越しのいい唾液がじゅるじゅると溢れてくる!

いける! 僕はまだ戦える!


「残り1分、あと150ミリ。しかし、諦めないトール殿下。一口一口確実にハーツ公女を目指します! 1日振りの大歓声。この場内のどよめきは、トール殿下への鎮魂歌か、それとも凱旋曲となるのかーっ」

 みんなの声援が聞こえるなか、僕は無心にチュロスを食べた。


「制限時間は残り30秒。驚異的な追い上げであと80ミリを切っている。何度もむせたトール殿下。しかしまだ諦めていない。一口一口を確実に食いいれていく。残り20秒、まだあと50ミリ以上だが、ハーツ公女も動く。トール殿下に呼応してハーツ公女も動く! その歩みはゆっくりだが、確実にトール殿下に近付いている」


 ハーツありがとう。視聴覚を奪われ孤独なのに頑張ってくれてありがとう。

人一倍寂しがりやのハーツ、ここまで9分以上も独りで戦ってくれた。

本当に、ありがとう。ここまできたら絶対に、絶対に、絶対にクリアだー!


「残り10秒、あと30ミリ。何度もむせたトール殿下、第3王子の意地を見せるか! ここへきてググッと加速していく」


「あー、いけっ!」

「いけーっ! トール様ーっ!」

「いけっ! 食べろーっ!」


「残り5秒。4、3、あーっと、これは! 制限時間いっぱい、ギリギリのところで、トール殿下が手を伸ばす。トール殿下が手を伸ばす。その手が、ハーツ公女に届くかーっ!」

 僕の手が何かに触れる。それはとてもやわらかくて、温もりがある。


「届いたーっ! トール密着! トール密着! トール密着! 右手を伸ばしたトール殿下、ハーツ公女に密着しました。ここで制限時間いっぱい。トール殿下、クリアです。トール密着! トール密着! まさにスーパー王子、第3王子です! トール密着!」

 やった、のか? 僕は目隠しを外し、周囲を見渡す。

歓喜に満ちた群衆に紛れて、長兄と次兄が手を振ってくれているのが見える。

血を分けた兄弟。ゲームでは競い合ったが、今は仲良しこよしだ。


 身を乗り出して黄金色の大きなメガホンに絶叫のヒーライ。

その横でチャッチャ様とエミーが手を叩く。


 余ったチュロスをちゃっかり咥えたトーレが、ハーツの目隠しをそっと外す。

「その相手を、ご自身の目でお確かめください」と、言葉を添えて。


 ハーツは瞼をゆっくり開けると、僕の顔を見てにっこり笑う。

その瞳はどこまでも澄み切っている。国を興す以上のエネルギーを感じる。


 そして僕に1番近いところには、わけの分からない感動に涙するアイラ。

勝ったという実感が込み上げてくる。


「やった! やったんだーっ。クリアだーっ!」

 両手を大きく天に向かって突き上げる。

甘々になった脇をハーツの両腕がとらえる。双差しだ。

頬と頬が密着し、身体もあちこちが密着している。


「やっぱりトールやったんやな。うち、うれしい!」

 僕もうれしい。こんなに気持ちのいいことはない。

密着し過ぎてハーツは視野に入っていないけど、

ハーツの声も、ハーツの髪の匂いも、ハーツのやわらかさも、

その全てが僕を強く刺激している。

ついでに舌に残るカレー丼味のチュロスも強い!


 このチュロスゲーム、カレー丼味で華麗に決めたぜ!


 みんなが僕とハーツのクリアを祝福してくれている。

ただ1人の男を除いて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る