第36話 まったりのんびりのために

 目隠しをする。係の人に案内されて、席に着く。

僕の最終ターンが今、幕を開ける。


「ハーツ公女と第3王子トール殿下。これが最後。これが最後の戦いだ! 係員に促されて、両者、咥えました。肩に乗せてある係員の手が離れます。態勢完了です。スタートしました! 宮殿舞踏会2日目、最終・第3ターンの3人目。ハーツ公女主催、チュロス2400ミリメートル、制限時間は10分。世紀の一戦です!」


 僕は序盤、ゆっくりと食べはじめた。ハーツも同様のようだ。


「さぁ、まずは様子見。まずは両者、様子見です。大方の予想通り、どちらもゆっくりとした出足……出口であります。それほど速いペースではありません。それほど速いペースではありません。ゆっくりと、しかし確実に前進であります」


 このゲーム、ほんの少しだけでもハーツの衣服に触れれば、

僕の首は繋がり、西の館でまったりのんびりすることができる。

でもそれじゃダメだ! 僕はハーツと約束している。

約束を果たすためにも、勝ち方にもこだわる!


「3分経過。さぁ、チュロスは既に600ミリが口の中。残りは1800ミリ」

「いいペースですね!」


「このゲーム、トール殿下がハーツ公女の衣服に触れればクリア。2400ミリメートル食べる必要はありません。チャッチャ様、実際にはどれくらい食べればよろしいのでしょう?」

「そうですね、1800ミリ。いや、1600ミリで充分でしょう」

 エミーのおかげで、王子モードのチャッチャ様。滑舌がいい!


「しかしトール殿下は、それほど腕の長いプレイヤーではありませんが?」

「ご覧ください、ハーツの新衣装を! そびえ立つ胸を!」


「なるほどーっ! つまり残り1000ミリ。ゲームはもう中盤です。中盤に差し掛かっております。残り時間は6分以上! これは楽勝かっ!」

 これから魔の中盤だというのに、ヒーライのやつったら、イヤなフラグ!

中盤には、注意しなければいけないことがある。それが……。


 むせ!


 どちらかがむせてしまったら、このゲームは終了となるだろう。

そして小麦粉や味付けの粉が不意に喉を通過するときが最もむせやすい。

まだ我慢だ。まだまだペースを上げるのは時期尚早だ!


「さぁ、残り800ミリというところで、ハーツ公女がペースを上げました」

「スパートのタイミングがちょっと早いですね。これは心配です」

 チャッチャ様の言う通り。あまり急ぐとむせかねない。落ち着くんだハーツ!

けど、目隠しに耳栓までされているハーツはきっと不安だろう。

何か落ち着かせる方法はないんだろうか……。


 そのとき!


「あーっと! ハーツ公女、むせた。チュロスを咥えたまま、咳ばらいを2回、3回、4回ほどしている。しかし、チュロスを咥えたままーっ!」

「きゃっ、きゃわうぃいーっ! いやいや、何とか持ち堪えてくれました!」

 チャッチャ様を一瞬でもよだれモードに変えてしまうほどのハーツのむせ。

エミーがいてくれて助かったよ。


「さぁ、残り3分、あと400ミリ。いよいよ終盤。最後の直線!」

 ずっと直線ではあるが!


「ここから先は、口のパサパサとの戦い。焦りは禁物です!」

 目隠しで見えないけど分かる。ハーツは満身創痍。これ以上食べられない。

だったら僕が頑張らないと! 僕がハーツの分も食べるしかない!


「おっとーっ! トール殿下、動いた。トール殿下、動いた。口のパサパサの手前でトール殿下、動いた。ハーツ公女は? ハーツ公女はまだチュロスを真ん中に据えて動かない! 場内が騒然としている!」

「いけない。過去、そこで勝負に出た猛者が、何人も口のパサパサの餌食になっているというのに! トール殿、血迷ったか!」

 大丈夫だ。僕なら大丈夫。それに、ハーツだって頑張っているんだから。


「歴史は繰り返されるのか? あるいは、新しい時代が到来するのかーっ!」


 結局、歴史は繰り返された。

身体の内側から噴き出てくる空気に、僕は大きくむせてしまう。


「おーっと、今度はトール殿下! トール殿下が大きくむせたーっ!」

「いけない。これ以上むせたらいけない!」

 もう、ダメなのか……。


「トール様! しっかり」

 アイラの声が近い。僕の両手を握りしめてくれる。温もりを感じる。

少しだけ、勇気が湧いてくる。


「あー、もう少しです。頑張ってください!」

 エミーも僕を応援してくれる。そうだ、もう少しだ! もう少しでクリアだ。


「おーっと、トール殿下、持ち直した! トール殿下、持ち直した! 決定的に不利な場面、致命的な敗勢を押し退け、トール殿下が持ち直した! 目指すはハーツ公女の衣服。ハーツ公女の衣服に触れればこのゲーム、トール殿下の勝利となります。1日振りのゲームに、会場はやんややんやの大盛り上がり!」

「しかし、ロスがあまりにも大きかった。これでは間に合わない。今のトール殿では、1分で100ミリが限界だ!」


「残り2分で250ミリ。これはもう、ムリか? それでも両者、チュロスを咥え続ける! トール殿下もハーツ公女も、まだ諦めていないのかーっ!」

 苦しい。本当に、苦しい。

僕はこれまで、何度もむせてきた。何度も、何度も、何度も……。

むせにチュロスが吹き飛びそうになった。でもまだチュロスを咥えている。

横隔膜が痛い、喉が渇いてカラカラだ。でもまだ蠕動運動は止まっていない。


 苦しい。こんなに苦しいのは生まれてはじめてだ。

口の中はパサパサで、チュロスが全く喉を通らない。


 だけど僕は、僕は絶対にクリアして、西の館でまったりのんびりする!

この世で最もまったりのんびりしたいのは、この僕だ!

誰よりもみんなに振りまわされて、イヤな異名で呼ばれているのはこの僕だ!


 このゲーム、絶対に、絶対に、絶対にクリアしてみせる!

絶対に、西の館でまったりのんびりしてみせる!


 勝負はまだ続く。

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