第35話 僕のそばには

 しばらくして、ハーツが戻ってくる。

その衣装は、ハーツの魅力を最大限に引き出している。

腰はより丸く、顔はより小さく、胸はより大きく見える。

あまりのエレガントさに、僕は思わずコクのある生唾を飲む。


 ハーツの横に、トーレがいる。


「うちだけのプレミアムドレスやで!」

「『トール王子殿下を魅了するドレス』がコンセプトです」

 すっかり魅了されています。既に理性は粉々だ!

それを何とか水で溶いて固めて、勝負に集中することにする。

ヒーライがよけいなことを言う。


「うわさによると、トーレさんは今、西の館にお住まいとか」

「あぁ、間違いにゃい。私はトール殿がトーレを連れ帰りゅのを見ている」

 チャッチャ様がよだれモードに突入した。不穏だ……。




 役者は揃った。


「それでは、最終ターンのスタートです!」

 泣いても笑っても、これが最後。精一杯やるだけだ。

『梅干』を選んだ長兄も、『唐辛子』を選んだ次兄も速攻で失敗した。

甘いものもダメ、辛いものもダメ、酸っぱいものもダメ。

ゲームは迷宮入りして、ついに僕の最終ターンが巡ってきた。


 僕は一体、何を選べばいいのだろうか。

ハーツは一体、何だったら食べるのだろうか。


 アイラとエミーが僕を励ましにやってきた。


「トールご主人様、頑張ってください」

「あー、諦めなければ、まだチャンスはあります」

「2人ともありがとう……」


 元気が出たわけではないが、みんなが期待してくれていることが分かった。

ここで頑張らないで、何がご主人様だ!


 ヒーライが再びアナウンスする。もちろん、チャッチャ様の解説付きだ。

モードは王子!


「チャッチャ様。ここまでの展開は予想通りですね」

「土壇場の終盤、トール殿がメイドたちを信じ切れるかが勝負のカギ!」


「なるほどーっ。果たして、トール殿の決断は? 見逃せません」

 会場が大盛り上がりを見せる。

メイドたちだけでなく、チャッチャ様や会場にいる多くの人が、

僕に注目している。僕の成功に期待をよせている。


 いいや、会場だけではあるまい。

こうしてヒーライが解説舞台に立ち、実況するということは、

この戦いは叙事詩となり、数日後には国中で吟遊再現道化が行われるだろう。

そうなれば、全ての国民が僕を応援してくれるに違いない。


 どうしたら、その期待に沿えるのだろう。

どうしたら、ハーツに食べてもらえるのだろう。




 僕は深く考え、ある結論に達した。

最後まで応援してくれるみんなを信じて、

ずっと応援してくれるメイドたちを信じて、

まずは緑の粉を手に取った。


「おーっと。ついにトール様が動き出しましたーっ!」

「そんなバカな! あれはダメだ。あれでは甘さが足りない……」

 舞台上のヒーライとチャッチャ様に向かって、

舞台の下から小さめメガホンを持った再現道化師が語りかける。


「解説舞台、解説舞台。甘いもの情報です!」

「お願いします!」


「最も成功に近いのはチョコレート。砂糖・マシュマロは完全なる失敗です」

 このタイミングで再確認しなくてもいいじゃないか!


「なるほどーっ! 甘いものは甘いほどいいんですねーっ!」

「やはりあれの甘さでは、不充分だろう……」

 解説舞台の2人の評価は低く、みんなががっかりしたような溜息を漏らす。


 それでも僕は、辞めなかった。

砂糖ではないが、チュロス屋で学んだ方法で、華麗に粉状のそれを塗す。

そして、別の粉にも手を伸ばす。2種類使うことは禁止じゃない!


「おっとーっ。トール殿下、また何か塗しはじめましたねぇ」

「そんなバカな! あれはダメだ。あれでは今度は辛過ぎる!」


 舞台の下からまたもや再現道化師。


「解説舞台、解説舞台。辛いもの情報です!」

「お願いします!」


「ここまで塩辛・デスソース・唐辛子と、成功率は0%です」

 まだ誰も成功していないんだから、当たり前じゃないか!

それを無理矢理に盛り上げるヒーライ。


「なるほどーっ! 当たり前ですねーっ」

「トール殿、血迷ったか……」

 誰が何と言おうと、僕はこれに決めた!

そしてついに、チュロスは綺麗な飴色に染まった。

カンペキだ! 華麗に決めたぜっ!


「それにしても驚きですね。キャベツにカレーですよ! この布陣はまさに!」

「その通り、カレー丼だ。実は昨日、2人はカレー丼を『あーん』しあっていたのだ! 私との勝負を忘れて……」


「それはうらやましいですね!」

「そうにゃにょだ。トール殿だけずるいにょだ。いいや、2人ともじゅるい」

 チャッチャ様がそんなふうに思っていただなんて、知らなかった。

普段は凛々しい王子モードで浮いたはなしの1つもないチャッチャ様。

心の中では美少女とイチャラブしたいと思っているんだろう。

そして、きっかけがあればいつでもよだれモードになる。


「えっ? ずるいって? それより、チャッチャ様、よだれ拭いてください」

「にゃぜにゃ〜っ! にゃぜ西のにゃかたばかりに〜っ!」

 チャッチャ様のよだれモードは、もう止まらない。

止まらないなら、先へ進めるしかない。


 しかたがない。


 僕は3人のメイドに、チャッチャ様のそばにいるように指示した。


「ということだから、3人ともよろしく」

「分かりましたと言いたいところですが、私には先約があります」


「トーレ、それってハーツのこと? なら、しかたないけど、困ったなぁ」

「大丈夫です! そのお役目、トーレがいなくとも果たしてみせますから」

「あー、アイラはご主人様のそばにいるべき。私がチャッチャ様のそばに!」

 相談の結果、3人のポジションが確定した。

ハーツにはトーレ、チャッチャ様にはエミー。

そして、僕のそばにはアイラが居てくれる!

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