第30話 束の間のまったりのんびり

 チャッチャ様の言いたいことがイマイチ分からない。

こういうときのオチは大抵が……。


「……私にも2人乗りを、にゃらせて欲しい!」

 やっぱりだ。トーレに最も狂わされているのは、チャッチャ様なんだ!


 あと10。トーレが言う。


「チャッチャ様、ストーップ!」

 チャッチャ様がピタリと止まる! 宮殿舞踏会でのリズを思い出す。

推進力を失ったチャッチャ様の愛馬が失速する。

その瞬間に、ペカリンがゴールする。


 やった! ついに勝った。

これで西の館でまったりのんびりすることができる。

ペカリンを止めて、周囲を見る。

メイドたちもきっとよろこんで……いない……。


 丘のてっぺんは、シーンと鎮まり返っている。

誰ひとりとして僕の勝利を祝福してくれない。


 ようやく声が聞こえたと思ったら……僕に対する罵声であり、呆れ声だった。


「サイッテーッ!」

「サイアクーッ!」

「ご主人様は一体、何を買ったんでしょう……」

「あー、あり得ないモノをお買い求めのようです」

「まぁ、よく考えればご主人様は王子様だもんねーっ」

「ペカリンはよく頑張りました。ペカリンは!」

「さすがに、どう反応したらよいものでしょう……」

 憎悪と疑惑が入り混じっている。

どうやらみんなは、トーレを娼婦か何かと勘違いしているようだ。

悪いことにトーレ自身もそれを助長する発言を連発する。

『お屋敷の夜は、このトーレが幸福に満ちたものにするわ』とか、

『はだかの付き合いが、男女関係の根幹なのは事実よ』とか……。


 トーレのこと、みんなにはきちんとはなさないといけない。

でも、どう説明すればいいんだろう……。




 西の館に戻ってからも、僕へのバッシングは続く。

みんな、トーレとは距離を置いている。僕のことを蔑んだ目で見る。


「いくら勝ちたいからって、これじゃあまるで、ひとでなしだわっ!」

「キュアの言う通りよ。普通、あんなモノを買わないでしょう!」

「さすがのボクも、少々驚きました。これではぐっすり眠れー、ないさーっ!」

「おもちゃよ、おもちゃ。あの人、乱心王子におもちゃにされるのよ!」

「あー、キャス、面白がるのは不謹慎!」

「まぁまぁ、みなさん。トール様にもきっと何かご事情があるのですよ!」

「でもでも、やっぱり歳上が続いてるわ。リズも頑張って歳上目指さないと!」

 みんな誤解している。トーレが娼婦だと勘違いしているのは明らかだ。


 いくら説明しようにも、聞く耳を持ってくれない。

これは、不名誉な異名どころの騒ぎじゃない……。


「いい加減、機嫌を直してくれよ、みんな。それに、トーレは……」

 何とか誤解を解きたいものだが、僕の言葉は遮られる。


「……そうですね。南の島にでも連れて行ってくれれば、機嫌直していいかも」

「キュアの言う通り。チャッチャ様に頂いた水着が素晴らしいんだもの」

 その水着はトーレがデザインしたもの。

キュアもミアもそれを知らないのだろう。

説明したくても、僕の言葉は届かない。


「ボクだって水着姿になれば、歳上アドバンテージで……」

「たしかに。いろいろと面白いことが起こりそうねっ!」

 僕はべつに歳上好きじゃないのに、シャルとキャスが盛り上がっている。

トーレを連れ帰ったことで、年増好き疑惑が再燃したみたいだ。


「あー、西の館を離れるのは不本意だけど、それもありかもしれない」

「親睦を兼ねての旅行ってことなら、何だか楽しそう!」

「行きたい、行きたーい。リズ、海で泳ぎたーいっ!」

 どうして勝手に盛り上がる! ピクニックだけじゃ物足りないのか? 

旅行となると、相応な予算が必要。今の僕には負担できないよ……。


 結局、誰ひとりとしてトーレのことを聞いてはくれなかった。

そればかりでなく、勝手に南の島旅行のことで盛り上がっている。

僕は一体、どうすればいいんだろう……。




 全てを忘れ昼寝をしていると、いつもの声。


「おーい、トールやーっ!」

「はい、何でしょう?」


「猫の手を借りるのじゃーっ!」

「猫の手、ですか?」

 意味が分からない。


「それに、リーフ島はサウザンアイランドじゃよーっ!」

「そうですね。ですが、旅費がありませんよ」


「捻り出すのじゃ、トールやーっ!」

 勝手なことを。いくらかかると思ってるんだ……。




 目が覚める。今日の午後は忙しい。

石造りの西の館の改修工事のための大工・左官への説明会だ。

はなしがまとまれば、1つ肩の荷がおりる。ようしっ、頑張ろうっ!


 名工から駆け出し工務店まで、集まったのは7つの業者。

大工・左官も張り切っているに違いない。

石造りの西の館が歴史的建造物だと思い込んでいるからだ。

予算はちょっとキツイが、何とかなるだろう。勉強してくれ!


 そんな僕の思惑は、説明会の序盤から頓挫する。

まず、何も言わずにポニーテールの幼女と老婆が席を発つ。

見ていて清々しいほどに、何の迷いもない行動だ。

一体、どこの工務店だろう。


 そしてそれが、説明会の失敗を決定付ける。

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