第31話 希望

 流れが悪い。幼女と老婆の退席。

続いて全ての業者が、2人を追うようにして帰ってしまう。

文句を言い散らかすおまけ付きで。 。ショックだっ……。


「歴史的建造物だからといって、安過ぎる!」

「3階に温泉を引き込むなんて無茶だ!」

「仕事の難度と報酬が不釣り合いだ!」

「このはなしは、無かったことにしていただきます!」

「早々に帰らせていただきます!」

「全くだ。無駄足もいいところだ!」

 やはり、大金貨10枚では如何ともしがたいか。


 父王に予算の増額をお願いするか、間取りの変更を考えるか。

どちらにしても、明日だ、明日!


「しかたない。今日のところは、開き直ってまったりのんびりしよう……」

「あー、木造の西の館の見まわりをお忘れなく」

 落ち込む僕にエミーは容赦ない。僕をまだ軽蔑しているようだ。


「言われなくても、そうするよ!」

「あー、新参者をお供に据えられればよろしいでしょう」

 なんて当て付けだ。こうなったら、当て付けには当て付けしかない!

僕はトーレを呼び、一緒に木造の西の館の見まわりに行った。


「トールご主人様が王子様だったなんて、知りませんでした!」

 ノーテンキなトーレに、ちょっとばかり腹が立つ!


「トーレがあんなことを言うから、みんな誤解しているんだよ」

「あらっ。私は誤解のままでもよろしいのですが!」

 言いながら、僕の右腕を両胸で挟む。

ムラムラッときてしまうが、それを隠す。


「どどど、どういう意味だよ……」

 トーレはみんなに娼婦だと思われているのを知らないのだろうか。


「……夜伽をせよと命じられれば、いたしますよっ!」

「めっ、命じません!」

 全否定したのに、トーレは怯まない。

かえって妖艶な雰囲気を増し増しにして、僕に体重を預けてくる。


 そして、右人差し指で僕の身体をツンツンしながら。

「では、お着替えのお手伝いを……」

「……頼みません!」

 やっとの思いで拒否する。


「それは残念。でも近いうちにデザインの力でトール様を幸せにしますねっ!」

 そういうことなら、大歓迎だ。




 しばらく歩くと、ようやく木造の西の館の前に差し掛かる。

2つの人影が見える。説明会を真っ先に退席した幼女と老婆だ。

2人して西の館をまじまじと見つめている。

たしかに古い建物だけど、そんなに珍しいだろうか。

今日はまったりのんびりすると決めた以上、帰ってもらうが吉だ。


「あのぉ。今日の説明会はお開きになりましたので、お帰りください」

 幼女はずっと西の館を見ている。その目は澄み切っている。

老婆が僕に気付いてこちらを見る。はなしが分かるのは老婆の方だろう。

僕は老婆に向かって続ける。


「あのぉ……お帰りください……」

 老婆は聞く気がないようで、直ぐに西の館に目を戻す。

完全に無視された! 僕だって一応は王子なのにっ!

こうなったら、意地でも帰ってもらう!


「あのぉ……」

「……引き受けるのじゃ。この館の改修、大金貨10枚で手を打つのじゃ」

 幼女、なんか偉そう。王子の僕よりずっと。年齢にそぐわない語尾が印象的!

老婆は目を細めて幼女の横で跪く。


「さすがはお嬢様。あとは首尾よくはなしをまとめるのみです」

 言い終わるや老婆は幼女を連れて僕のところにやってくる。


「あらっ? 『猫谷組』のアースちゃん!」

「おおっ、トーレ殿なのじゃ」

 何だ? 2人は知り合い? それに『猫谷組』といえば……。


「トーレ様。その節はどうもありがとうございます」

 老婆がトーレに対して丁寧に頭を下げる。


「いいんですよ。作業着くらいちょちょいのちょいですから」

 聞けばトーレは、かつて『猫谷組』の作業着を受注したらしい。


 そして『猫谷組』というのは、王国で最も歴史のある大工集団。

どんなに難しい土木建築も、必ずやり遂げるという伝説がある。

古くは王都ミナーミ発展の礎となった、カンダーラ川に架かる大石橋。

また、一夜にして終えられた大聖堂の改修工事は記憶に新しい。


 そういえば、そのときの『猫谷組』は、おかしな作業着姿だったとか……。


「トーレ殿の作業着がなければ、あの仕事はムリだったのじゃ」

「そんなこと、あるかなかぁ。なんちゃって!」

「はい。このばあば、一族を代表して重ねて御礼申し上げます!」

 2人のトーレに対する接し方は、職人同士の共鳴。

僕なんかが入り込む隙間はない……。


「トール殿下。木造の西の館の改修をご命じくださいまし!」

「お願いしちゃいなよ、トールご主人様。絶対にお得だから!」

「そう言われても困るよ。改修が必要なのは、石造りの……」

「……そっちは、簡単な仕事なのじゃ。無料で引き受けるのじゃ!」

 で、ですよねぇーって、今、なんて言った?

他の業者は難度が高すぎて尻込みしていたのに……。


「じゃあ、大金貨10枚で、両方やってもらえるの!」

 木造の方の改修が必要かは分からないが、石造りの方が予算に収まる。

めっちゃお得じゃん! 希望が見えたぞーっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る