第28話 誰にも負けない気持ち

 チャッチャ様が僕の渡した大銅貨を不思議そうに眺める。


「ふーん。随分と赤い金貨だな。血塗られているようだ」

「銅貨です。1着買えますから、トーレさんに見繕ってもらってください」

「トールさんの言う通りです。テキトーに見繕いますよ」

 何気ない一言も、今のチャッチャ様にとっては嫉妬の対象だった。


「名で呼び合うとはどういうことだ? 君たちは、昔からの知り合いなのか?」

「いや、さっき知り合ったばかりです」

「水着を贈り合う(予定)の仲ではありますが」

 トーレ、その言い方! 誤解されかねない。


 たしかにさっき、僕はトーレから大胆白水着を受け取ったし、

再会したときには僕がトーレに大胆白水着を贈る約束をしたし、

そのときに僕はトーレがデザインした水着を受け取ることになっている。


「水着とは……なんと破廉恥なっ……」

 やっぱり何か誤解している。でも解いている時間はない。


「いや、水着くらい男女間で贈り合うのが普通ですよ!」

 咄嗟に言う。だってここは水着屋さんだもの。


「そんな! トールさんはやっぱり数多の女性に……しくしく……」

 ななっ……トーレの見事なのりボケだ。僕が墓穴を掘った形になる。


「やはりトール殿、君を許すわけにはいかない。勝負だっ!」

「今がその最中でしょう! 兎に角、これで早く買い物してください!」

 

「こんな血塗られた金貨、使いたくはない!」

「銅貨ですって!」


 僕たちが騒いでいるのを聞きつけて、店の奥から男が出てくる。

男は落ち着いている。店主のようだ。


「何の騒ぎだ、トーレ?」

「大丈夫ですよ、店長。変な2人連れの客が来ているだけですから」

 ショックだ。トーレに変な客だと思われている。

しかもチャッチャ様が僕の連れって、あんまりだ。

たしかに美人だし、横に並んで歩いてくれれば鼻が高い!

けど、変なのはチャッチャ様だけだと、声を大きくして言いたい。


「冗談ではない。私たちは連れではないし、変なのはトール殿のみ!」

 先に言われてしまう。


 店長は僕を睨みつけ、次いでチャッチャ様に優しい眼差しを向ける。

買い物をしたのは僕なのに、美少女には弱いのだろう。

理由なき差別じゃないか!


「どんなのがお好みでございましょうか? 近衛騎兵隊長様!」

 なるほど店長は世知に長けている。チャッチャ様の身なりで身分を見抜いた。

僕に対する扱いと雲泥の差があるのは、公爵令嬢だと知ってのこと。


「何でもよい。これで頼む!」

 チャッチャ様が握りしめていた大金貨を店長に差し出す。

あーあ、オチまっしぐらだ!


「店ごと買っていただけるんですか?」

「それでもよい。早うしてくれ!」

 やっぱり、そうなるよね……公爵令嬢は金銭感覚がおかしい!


「分かりました。店ごとお譲り致します!」

「そんなぁ……店長。私はどうなるんですか?」


「クビだ、クビ! その白水着も、返してもらう」

「何で? 僕が買ったものなのに!」

 トーレとの再会の約束の品である。

チャッチャ様との勝負もあるし、簡単には手放せない!


「お会計、まだですよねぇ! だったらそれは、このお方のものだ!」

「トール殿、悪いがそういうことだ!」

 こうして僕は水着を取り上げられて、トーレとともに水着屋を追い出された。

トーレは1ヶ月足らずでクビ。不憫過ぎる。

かといって、僕には何もしてあげられない。


 それどころか、僕だって大ピンチだ。まだ買い物をしていない……。




 トーレが横にいると声が上擦るほどにキンチョーしてしまう。これはまずい。

このままでは勝負に勝てない。トーレとは距離をとった方がよさそうだ。

そーっと離れようとする僕に、トーレからはなしかけてくる。


「知ってます? 私って今、失業中なんですよ」

「知ってるも何も、解雇される現場に僕もいたじゃないですか」


「なら、はなしが早いですね!」

「何のはなしかは全く分かりませんが?」


「トールさんには、私の新たな雇用主になってもらいたいのです」

「雇用主? どうして僕が……」

 トーレを雇用しなくちゃならない?

そう続ける間もなく、トーレはにっこり笑って言う。


「……そんなの簡単です。私が困っているからです」

 思ったよりも自己中心的だった。

デザイナーという職業柄か、我が強いというべきか、自由過ぎる!


「就業意欲が旺盛なのは分かりましたが、そもそもデザイナーが不要です」

「それは意外です。トールさんのことだから、きっと14人のメイドさんやら何やらを侍らせて、いかがわしい服を着せて、まったりのんびり過ごすのがお好きなのかと思っておりました。デザイナーは役に立つのではないでしょうか!」

 完全否定できない。14人いないしいかがわしい服を着せようと思わない。

だけど、まったりのんびりしたい気持ちは、誰にも負けないのは事実!


 だからこそ、僕はこの勝負に勝つことだけを考える!

トーレには悪いが、今はそんなはなしをしている暇はない。


「でも、今はそれどころじゃないんですよ」

「驚きしかありませんね。私の就活以上の急場があるんでしょうか?」


「ありもあり、大ありですよ! チャッチャ様との勝負の最中なのです!」

 僕はトーレに勝負の内容を説明。買い物して戻らなければならないことも。

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