第27話 見ていられない

 チャッチャ様のお手馬は青毛のウースイ号。

国中に知れ渡った名馬の子孫。かなり手強い。

それでも、僕は絶対に負けたくない。

早く西の館でまったりのんびりしたい。

ここは、ペカリンを信じて頑張ろう!


「あー、位置について……用意……ドンッ!」

 競馬がスタートした!




 ミラーウ海岸までの1本道、先頭を走ったのは僕とペカリン。

チャッチャ様とウースイは控えている。やはり初見では飛ばせないようだ。


「ふん。いい作戦だな、トール殿。だが、勝負は往復だ!」

「作戦も何も、ありませんよ!」


「貴殿は私を相手に作戦など無用というわけか……許せんっ!」

 迂闊だった。言ってないけど、そう聞こえなくもない。


 いつもは景色を楽しみながら走り抜ける丘も浅瀬も森も、今日は一瞬で通過。

シャルとサバダバがいない代わりに、チャッチャ様とウースイ。圧がすごい。

それでも、僕とペカリンはミラーウ海岸にたどり着いた。




 1番近い店の前。次の店までは200メートルはある。

どんな店かはよく分からないが、ここに決めた!


 考えれば、独りでははじめてのお買い物だ。失敗しないよう、気を付けよう。

そう思えば思うほど、キンチョーしてしまい、声が上擦る。


「すすす、すみませーん。こ、これで適当に見繕ってください!」

 大銅貨では舐められてしまうと思い、小銀貨を渡す。


「いらっしゃいませ! これだけいただければ、14着は用意できますね!」

「じ、じゃあ、そうしてください。兎に角……急いで!」

 一刻も早く、このキンチョーから脱出したい。

勝負に勝って、西の館でまったりのんびりしたい。


「お客さま、そう言われましても、サイズを教えて頂かないと……」

「サイズは、テテ、テキトーにお願いします」


「うちは大きめサイズ専門です。小さいといっても、これくらいですよ」

 店員はそう言いながら僕に手渡したのは……

キラキラした曲線的な布に、ヒラヒラした直線的な紐が付いているものだった。


「しっ、下着っ!」

 それも女性用。ブラジャーではないか! 間近に見たのははじめて。

アイラにはピッタリだろうなーなんて、不純なことを考えてしまう。


「嫌ですね、お客さん。これは水着。だってここ、水着屋ですから」

「でっ、ですよねぇ……それでいいです。はいっ……」

 いっ、いかん、いかん。絶対舐められてる。

下着と見間違えるほど大胆な水着を見てちょっと動転してしまっただけなのに。


 こんなものを買って帰ったら何を言われるか分からない。

だけどこの勝負、負けるわけにはいかない!

僕は絶対に勝って、西の館でまったりのんびりするんだ!


「では、小さいのはこれくらいで、あとはテキトーに見繕いますね!」

「あっ、ありがとうございます!」

 独りでははじめてのお買い物が、女性用水着になろうとは……。


「でもお客さん、モテモテなんですね……」

 僕が? どうして?


「……だって普通、水着って1着しか買わないじゃないですか!」

「そう、ですね……それが普通、ですね……」

 まずい、まずい、まずい。ひょっとして僕、足元見られた?

はじめてのお買い物でぼったくられた?

西の館に帰ったら、どんな異名を付けられるか、心配だ!


「これなんか、私が欲しいくらいですよっ!」

 店員はそう言いながら、手にしていた大胆白水着を自分の身体にあてがう。

そして僕はにっこりと笑顔を浮かべる店員を見て、心を奪われそうになる……。

僕が店に入ってからずっとキンチョーしている本当の理由は、店員のこの容姿!

西の館の底辺メイドたちと比べても遜色ない端麗さだ。


「……差し上げます。店員さんに、それ、着て欲しいです!」

 僕の中の何かが僕にそう言わせる。自分でもびっくりするくらい滑舌がいい。


「本当ですか! ではもし、またお会いしたら、そのときにくださいまし」

「うん。そうさせてもらうよ!」

 再会が楽しみだ。勝負が終わったら直ぐにまたここへ来よう!


「デザイナー兼店番のトーレ。今月の頭からここで働いているんですよ」

 トーレ、きっと努力してデザイナーになったんだろうな。応援したい。

でも今は勝負の最中。最低限の自己紹介で済ませる。


「トール。偶然ですね、名前が似てて!」

「そうですね。再会のときには私がデザインした男性用水着を差し上げますね」

 僕はまず、大胆白水着をトーレから受け取る。

今は商品を受け取っただけだが、これがそのうち愛の証になるんだ。

そのときが楽しみでしかたがない!


 トーレが残りの13着を包んでいるところに、チャッチャ様が現れる。

王子モードだ! モードチェンジさせたのはもちろんトーレ。

チャッチャ様の美少女グラスは小さくはないはずなのに。


「そこの仔猫ちゃん。これで私にも譲ってくれないかな!」

 手にしていたのは、大金貨。オチが見えてしまう。


「それはできませんね。猫に小判を地で行くつもりはありませんので」

「何故? どうして仔猫ちゃんは私を困らせるんだ?」


「どう考えても、困っているのは私の方なんですが……」

 見ていられない……あくまでもトーレを助けるため。


「チャッチャ様、それでは買えません。これを使ってください!」

 言いながら大銅貨をチャッチャ様に渡す。

小銀貨で10着以上買えるなら、大銅貨で1着は買えるはずだ。

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