第26話 勝負はもうはじまっている!

 サインを含む3人の近衛騎馬隊員が丘を登ってくる。

どこか不安げではあるが、いかにも軍人という凛とした表情だ。

そういえば聞いたことがある。チャッチャ様率いる近衛騎馬隊は美形揃い。

3人を見るだけで、うわさが本当だと分かる。


「チャッチャ様、お気をたしかに」

「私どもがついております!」

「『再現道化の再現』なら、他所でもできます」

 って、ここへきたのは訓練じゃなかったの?


「サイン・コサイン・タンジェント……ありがとう。君たちの言う通りだ!」

 逆上する上官を諌める部下の思いを受け止めて、考え直す上官。

感動の場面といっても支障はないが、いまいち感動できない。


「だが!」

 チャッチャ様が僕を睨みつける。カエルを睨むヘビのよう。

そんな目で見ないでーっ!


「やはりトール殿。貴殿は許せん……」

 なんで? 僕、嫌われているのか?


「……権力を濫用して、早朝よりメイドを侍らせ再現道化の再現をしようとは!」

 してない、してない。してたのはリズたちだってーっ!

ピクニックに来たのだって、みんなに誘われたから。

僕は本当は、西の館でまったりのんびりしたいんだ。


「こうなったら、いざ、尋常に勝負だ……」

 どーしてそうなるんだーっ。勝負をする理由が僕にはなーい!


「……私が勝ったら、メイドの身柄は預かる……」

 はじめからそれが狙い? メイドリンピックに出場できなくなるのはイヤだ。


「……貴殿が勝てば、宮殿舞踏会の最終日、抱きついてやろうではないか……」

 いや、別にいいですって。普通にビンタしてくれればいいです。


「……だが、勝負を断るようなら、往復ビンタをお見舞いしてやる!」

 往復ビンタ。アタックを完全拒絶する行為。嫌われたという証拠だ。

そんなことされたら、極刑を免れない! それは絶対にイヤだーっ!

かといって、長兄をボッコボコにするほどのチャッチャ様相手に、

剣術で僕が勝てるはずはない! どうすればいいんだ……。


 ——ヒンヒンヒヒヒン、ヒンヒヒン! ブルルルル!

 と、嗎いたのはペカリン。まるで僕に『背中に乗れよ』と言っているようだ。

けど、チャッチャ様は近衛騎馬隊長。馬術も手練れだ。


 ふと、シャルとはじめて遠乗りしたときのことを思い出す。

馬は臆病。はじめて通る道では警戒し、本能的に速度を抑える。

チャッチャ様の馬がいかに有能だとしても、はじめての道なら、あるいは……。

ペカリンはやる気満々だし、どうせ勝負するなら、これしかない!


「分かりました。それではミラーウ海岸までの競馬勝負といきましょう!」

「近衛騎馬隊長の私に競馬勝負を挑もうとはいい度胸。返り討ちにしてくれる」


 いやいや、勝負を挑んできたのはそっちじゃん。

返り討ちにするのは僕の方。勝てばのはなしだけど……。


 こうして、僕はチャッチャ様と競馬することとなった。




 少しズルいかもしれないけれど、コースは僕が決めた。

当然、いつもの遠乗りの経路で、僕とペカリンが断然有利!

その代わり細かなルールは、エミーがときどき確認する以外、

サイン・コサイン・タンジェントを中心に決めてもらうことにした。


「あー、8時には西の館に戻りたいのだけれど」

「では、勝負は1本! それなら時間は充分でしょう」


「あー、ゴール地点に人員を送る時間がないわ」

「そんなの簡単! ミラーウ海岸までの往復にすればいいのよ」


「あー、現地に到着した証拠がないといけないわ」

「だったら、ミラーウ海岸にしかないものを買ってきていただきましょう」

 こんな具合だ。往復としたのは藪蛇だったか。ペカリン有利とて、

チャッチャ様のお手馬が道慣れしたら、あるいは追いつかれるかもしれない。

それでも、全体として申し分のないルールになった。


 最後に、僕とチャッチャ様に向かってエミーが言う。

 

「あー、各々財布を忘れないようにお願いします」

 さすがにそれはない。財布はちゃんとある。

と、昨日の買い物を思い出す。僕の財布に入っているお金は使えなかった……。


 そうか! 

エミーはあえて財布のことを口にして、僕にそれを知らせてくれたんだ。

アイラにお金を借りる。大銅貨1枚と小銀貨1枚。これだけあれば充分だ!


「トール殿、貴方とはいずれ決着せねばと思っていました」

 僕にはそんな思いはない。西の館でまったりのんびりしたいだけ。


「僕は、早く西の館でまったりのんびりしたいだけです」

 でももし、チャッチャ様がそれを脅かすなら、僕は絶対に排除する!


「なんだと? 私との勝負などまったりしてても勝てる、だと?」

 言ってない、言ってない、言ってなーいっ!

チャッチャ様にはそう聞こえてしまうんだ。気を付けないと。


「いやっ……お互い、ベストを尽くしましょう!」

「是非もない!」

 そんなはなしをしている途中、チャッチャ様に財布が渡される。

これで、準備完了。スタートの合図を待つのみだ!

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