第25話 権力の濫用

 近衛騎馬隊といえば青と白の軍服で、その隊長はチャッチャ様。

昨夜の宮殿舞踏会のヒロインも、チャッチャ様。

ご本人にオーディションに参加しろだなんて、失礼だろう!


 逆上したチャッチャ様が僕の目の前に現れるのに、数秒とかからなかった。


「誰かと思えばトール殿。随分と人をコケにしてくれるものだな、許さん!」

 威勢がいいのも当然だ。僕だって逆上するレベルの罵倒だ。

チャッチャ様の怒りの矛先は全て僕に向かっている。

言い出しっぺのキャスは物陰に隠れ、他のみんなは怯えている。


 どう考えても悪いのはキャスであって僕じゃないんだけど、

チャッチャ様の怒りの対象をキャスに戻したところで、解決には至らない。

辛いけど、僕の責任で解決しなくてはいけない。

謝って済むならそうするんだけど、望みは薄い。


 だったら、逆も真なり!


「では、チャッチャ様はオーディションには参加しないのですね!」

「当たり前だ。どこの世界にご本人をオーディションするにゃからがいる?」

 チャッチャ様は少し噛んでたけど、僕は迫力に誤魔化される。

こっちも、負けていられない!


「ここだ。ここにいる!」

「ふじゃけるな。『再現道化の再現』は、私ににゃらせろっ」

 え? チャッチャ様がまたかんだのも驚きだが……。

威勢のよさが失くなっているのがさらに驚き。

言っている内容も驚きだ。


「今、なんて言った? やらせろって、どういう意味?」

 かんだことには気付かないふり、気付かないふり。


「だから、『再現道化の再現』をみんにゃと一緒ににゃらせてほしいのだーっ」

 もう、隠しきれない。今のチャッチャ様は、単なる惚気姫!


 言い終わったチャッチャ様はかなり息が荒い。

『はぁはぁ』と言って、肩を周期的に上下させる。

それと、もう1つ……口からよだれを垂らしている。


 昨夜、宮殿舞踏会のあとにリズが言っていたことを思い出す。

『チャッチャ様は美少女が大好きで気に入ったらよだれを垂らすんだよっ』と。

そんなチャッチャ様をイエスカーブ家ではよだれモードというらしい。

どうやら、チャッチャ様は本気のようだ……これは厄介。気に入られたのは誰?


 しばらく様子を見ていると、チャッチャ様は瞬時に息を整える。

そして、順番にみんなの手を取り、あいさつまわりをはじめる。

その顔は、よだれモードではなくなった。

僕なんかよりよっぽど王子っぽい。凛々しくて、まぶしいチャッチャ様だ!


「あれは、チャッチャちんの王子モードだよーっ!」

「王子モード、だと? リズ、詳しく教えてくれ」

 リズは元、チャッチャ様の母親付きのメイド。いろいろと詳しい。


「チャッチャちんの美少女グラスが涎で満杯になったの……」

 美少女グラスって何? 全く分からない……。


「……それでも放っておくと、チャッチャちんは、王子モードになるのよーっ!」

 分からないけど、今のチャッチャ様が王子モードなのはたしかのようだ。

凛々しいお姿を間近に見ていると、僕でさえ心を奪われそうになる。


 チャッチャ様は、既にエミー、キュア、ミアにあいさつを終えている。

そしてシャルにあいさつをしたあとは、僕の近くにやってきた。

凛々しいチャッチャ様を見ていると、顔が熱くなる。 

このままチャッチャ様に押し倒されても、文句はない。

今、おにぎりしてと言われたら、丁寧におにぎりして海苔まで巻く!


 ところが、チャッチャ様は僕には目もくれない。

近付いてきたのは横にリズがいたから。

僕は完全にチャッチャ様の興味の外側。海苔を巻く機会は訪れそうにない。

横にいるリズには昨夜以来の再会をよろこんで『改めまして』と、凛々しい。


 さらに、アイラの手を取りあいさつしたあと、キャスをほじくり出す。

隠れるのが上手いキャスだけど、王子モードのチャッチャ様が1枚上手!


「貴女だって美少女ではないか。よろしく頼むぞ!」

「私が、美少女……チャッチャ様、私は貴方のような方に巡り会いたかった!」

 そして簡単に調略されてしてしまう。ときめくキャスは珍しい。

チャッチャ様の王子モードに脱帽だ。凄まじ過ぎる!

自身が誰よりも美少女だからよけいに厄介だ。


 チャッチャ様は瞬く間に僕とハーツとエーヨを除く全員を完全掌握した……。

そして、僕を押し退けて言い放つ。


「西の館はオワコン。どうだろう、我が屋敷のメイドにならないか!」

 こ、これはまずい。今のチャッチャ様の勢いを考えれば、

靡くメイドがいてもおかしくない。

そうなったら、念願のメイドリンピック出場が危ぶまれる。


「それは、ないですよ」

「……ないね」

「…………ないわっ」

「………………あり得ない」

「……………………あー、なしってことで」

「…………………………そんなこと、あるわけないよーっ!」

「………………………………誠に申し訳ございませんが、お断りいたします!」

 感動した! みんながお断りしてくれた。僕って、そんなに人気あるんだ!


「だって、チャッチャ様は公爵令嬢ですよね」

「王子と比べたら身分に大きな差があるわ」

「就業条件だってきつそうだし」

「あー、退職後の補償にも差が出る。仕えるなら、神様か王様よ」

「おにぎり様は、腐っても、おにぎり様だからねぇーっ」

「今の仕事は楽勝だし、わざわざ転職するリスクを背負う必要がないわ」

「わっ、私は古くから仕えていますので。みんなの言うことも分かりますし……」

 結局条件か! 僕の人気ってわけじゃなさそうだ。


「お、おのれーっ! やはりトール殿は権力を濫用する外道であったか……」

 違いますって! そんなつもり、全くないから!

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