第24話 麗人、再び

 僕の目の前に行列ができるのに、数秒とかからなかった。

先頭はエミー。キュア、ミア、シャル、キャスと続き、最後尾にリズ。

アイラだけは列に加わらない。そんなアイラの方を向いてキャスが言う。


「オーディションの受付、終了しちゃいますよーっ!」

 顔を赤らめてそっぽを向くアイラ。

協調性を重視するアイラにしては珍しく、頑なに参加を拒否している。

一体、どんなオーディションがはじまるのだろう。

キャスの目を見る限り、どうせろくなものじゃないのだろうが。


「で、僕は何をすればいいんだ?」

 と、聞いてみる。

キャスは思ったよりもずっとまともでほぼ真顔だが、目だけがキラキラ。


「ご主人様は寝転ぶだけです」

 何か裏があるに違いないが、寝転ぶだけならできるかもしれない。


「昨夜のように、か?」

「はい。昨夜のように、です! ね、ご主人様には超絶簡単なことですよね」

 あえてやるとなると、かなり恥ずかしい。


「いや、あれは完全不可抗力。再現は至難の業……」

「……いいえ、できますよ! おにぎり様ならおにぎりできますよ」

 キャスの狙いはそれかっ! 気付いた瞬間、身の毛がよだつ。

うっかりおにぎりなんかしたら、あとで何を言われるか分からない。

きっと酷い異名で呼ばれるのだろう。

西の館でのまったりのんびり生活に支障をきたす。


「できるかっ!」

「諦めるんですか? そんなんじゃ試合、はじまりませんよっ!」

 名言かよっ! いや、なかなかの迷言だっ。

キャスに責められると、自分が悪いって気持ちになってしまう。

僕は、寝転んでおにぎりするべきなんだろうかと、逡巡する。


 そこへアイラの助け船。被せるように、もう1人も。


「もう、キャスったら、トール様が困ってるわよ」

「本当、朝っぱらから呆れるほど賑やかね!」

 そう言ったのは、左手に本を持った地味な姫様風女子だった。




 僕たちがここへ来たとき、地味な姫様風女子は既にここにいた。

目的は読書。件の店は改修中で使えず、この丘に来たらしい。

ご丁寧に古くからの友人まで連れている。その友人が言う。


「まぁまぁ、エーヨちん。賑やかなんは、ええことやんか。うちもならぼっ!」

 言いながらリズの背後についたのは、ハーツ。

そしてハーツがエーヨちんと呼んだのが、地味な姫様風女子。

オートスリア家のご令嬢だ。大方の予想通りであり、驚きはない。


 ハーツの言うことは、まともなことのように聞こえるが、僕は納得できない。

折角のピクニックだし、静かにまったりのんびりしたいのが本音だ。

ピクニックに賑わいは不要だ。おにぎりが美味しければ、なおよし!


「ハーツ、本気? 私は静かにまったりのんびり読書したいわ」

「実は僕も、その方がいい。まったりのんびりがサイコーだっ!」

 エーヨと意見が合うのは珍しい。


「うちな、チャッチャちんにみんなが目を付けられる前に仲ようなりたいんよ」

 ハーツの謎理論。どうしてチャッチャ様の名前が出るのか、意味不明だ。

反応したのはキャス。昨夜は一時険悪な仲になっていたが、

一夜明けてわだかまりはないのだろうか。


「さすがはハーツ様! 我らが主人の側に立つに相応しゅうございます」

「キャスちん、あんがとう! 他のみんなも、末永く仲ような!」

 少なくともここだけを切り取れば、ハーツとキャスは仲良し。

ハーツは他のメイドとも馴染んでいる。

ただし、何故かおにぎりには手を付けていない……。




 ——ヒンヒンヒヒン

 ——ブルルルルッ

 最初に異変に気付いたのはペカリンとサバダバ。興奮気味だ。


「お、おにぎりのご主人様。大変にございます!」

 シャルが教えてくれるが見れば分かる。僕たちはいつのまにか囲まれている。

丘の麓には数百の騎馬兵。遠くてどこの隊だかは分からない。


 そのうちの1騎がゆっくりと丘を登ってくる。

まだ遠いが、大声で自らの名と所属を述べる。

それで、騎馬兵が女性だと分かる。


「我が名はサイン。近衛騎馬隊第1中隊長だ」

 チャッチャ様の隊。


「そこの者共よ、丘を降りられよ。ここは我が隊の訓練に用いる」

 あとから来といて! これだから軍は嫌いだ。そう思ったのはみな同じ。

特にキャスは今まで見たことのない顔だ。おもちゃを失くした子どもの目。


 サインが続ける。


「我らが隊長は少々機嫌が悪い。直ちに行動するがよろしかろう」

 暴力の行使を匂わせる。そんなの、絶対に認めない!

だが、多勢に無勢。大人しく丘を降りた方がいいのかもしれない。

みんなの目からも諦めが感じられる。キャスを除いて。


 サインが近付くにつれて、キャスの目付きが完全に変わる。

新しいおもちゃを見つけた子どもの目だ。


「我が主人に代わって中隊長殿に物申す!」

 ちょっと待って。僕はなんの伝言も頼んでいないのに。キャスを止めなきゃ。

僕がキャスを制止するより早く、サインが下馬。


「よかろう。聞こうではないか!」

 キャスを正式な使者と認めたようだ。もう、止められない……。


「貴公の主人のオーディション参加を条件に、我々は丘を降りる!」

「よかろう。して、どのようなオーディションであるか」


「昨夜の宮殿舞踏会のヒロイン役。そうお伝えいただけばお分かりだろう」

「うむ。しかと伝えよう!」

 サインはそう言うなり、素早く騎乗して丘を降る。

キャス、なんてことしてくれたんだーっ!

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