第22話 再現道化の再現
たった3杯のカレー丼で、どうして僕がこんな目に遭わなきゃなんないんだ?
そもそも今日のアンラッキーアイテムはカレー丼じゃなくっておにぎりじゃん !
この場にいたら命が幾つあっても足りない。でも今なら逃げれるかもしれない。
僕は匙を置き、代わりに携帯が義務付けられている棒をそっと手にした。
チャッチャ様のことを全く気にせずに、キャスが言い放つ。
その顔は、新しいおもちゃを見つけた子供の目だ! イヤな予感がする。
「ご主人様とリズなら、一緒にお風呂に入った仲でもあるんですよ」
そういうこと、言うなよ! あれは事故みたいなもの。
絶対に誤解される。っていうより、明らかにミスリードを誘ってる。
だってその場には、キャスだって居ただろうにっ!
「やはり許せん! トール殿、お覚悟!」
やばい。うっかり棒を右手に持っていた。
チャッチャ様が戦闘態勢に入っても、しかたがない。
まだ距離があるうちに、とっととトンズラしよう!
僕は、チャッチャ様から逃げた。その方向にいたのはリズ。
このままではリズが通せん坊になって、行手を阻まれてしまう。
「リズ、助けて!」
咄嗟に言う。少し退いてくれればそれで充分。
「いいよーっ! チャッチャちん、ストーップ!」
と、リズが大声を出す。そんな暇あったら、退いてくれーっ!
行手を阻まれた僕は、恐怖のあまり振り返る。チャッチャ様が空中に見える。
カーエル兄さんやキルクール兄さんのときと違い、大上段の構えだ!
完全に僕を殺しにきている。たっ、助けてーっ!
ところが、チャッチャ様は手足は動かさず、そのまま完全に止まっている。
空中にいるから放物線を描いて迫ってくるけど、
チャッチャ様自身はリズに言われた通りストップしている。
なんて律儀な!
僕は恐怖に怯え、両手を前に出して、視界からチャッチャ様を消した。
そんなことをしても、コンマ数秒後にはぶつかるというのに……。
案の定、僕はチャッチャ様とぶつかった。
思いっきり転んで、尻もちをついた。
僕の上にチャッチャ様が降ってくる。
それを必死に受け止める。
カランカランという、棒が床に落ちた渇いた音を聞く。
僕の棒はまだ右手にあり、左手には何やら丸っこいものがある。
僕はそれを、おにぎりした……。
大広間が暗くなり、再現道化がはじまった。
演者が3人に黒子が2人もいる、大掛かりなものだった。
西の館の主人となり、宮殿舞踏会で散々な1日を終えた翌日。
まだ暗いなか、僕は目覚めた。新しい異名とともに。
「おにぎりのご主人様、おはようございます!」
かなり近いところから発せられている。
「リズ、おはよう。その異名、やめてくれないか! それと……」
人を起こすのに、布団に潜り込むのはやめなさい!
と続けるつもりが、遮られてしまう。
「……どうして? チャッチャちんを庇うご主人様、カッコよかったですよ」
昨夜の宮殿舞踏会でのこと。僕はチャッチャ様を庇ったつもりはないが、
結果的にはチャッチャ様の下敷きになり、その胸をおにぎりした。
布団の中、今も左手に残る感触を確かめるために、グーパーとおにぎりする。
「はうぅ……おにぎり様……ヒクヒックする! ヒクヒックする!」
僕はおにぎりじゃない。おかしな省略はやめてほしい。
それに、ピクニックくらい言えないものだろうか。
もう1つのことをやっと言える。
「……人を起こすのに、布団に潜り込むのはやめなさい!」
「あぁ、御免なさい。つい、チャッチャちんのとこにいたときを思い出して」
2人はどんな生活をしていたんだ?
美少女が布団の中で朝からイチャイチャって……。
考えただけでわくわくする! それを闇に隠して。
「……けしからん!」
「本当に御免なさい。今、服、着ますね」
それでいい。服は着るためにあるんだから……って、今まで脱いでたのか?
リズは直ぐに脱ぎたがる。しかも、脱いだらすごい!
布団の中に潜り込んでくれて、かえってよかったかもしれない。
朝からリズの裸を直視していたら、僕はどうなっていたことか。
「2度寝する暇はないんだろう」
「そうそう、ピクニック! おにぎり様、急いでください!」
リズは言い終わるときにはもう服を着ている。よかった、よかった。
気まぐれなリズの今のお気に入りは、昨夜の再現。
『再現道化の再現』と言った方がしっくりくるかもしれない。
丘のてっぺんにレジャーシートを広げた直後から、
シャルとエミーとキュア・ミアを巻き込んでの再現を試みる。
シャルが僕の役、エミーがチャッチャ様。
キュア・ミアはリズ風にいえば主役の黒子だ。
リズ自身もリズご本人役で出演する。
配役に問題があるのではないだろうか……。
「リズ、助けて!」
「いいよーっ! チャッチャちん、ストーップ!」
キュアとミアに抱えられたエミーが身体の動きを止める。
物理法則に従うように、放物線を描いてシャルに近付いていく。
昨夜、僕が観た『再現道化』と、全く同じだ!
下敷きになったシャルが、エミーの胸をおにぎりする。
シャルはかなりの興奮状態で叫ぶ。
「な、なんと鬼畜な所業。信じられない。本当におにぎり様が?」
シャルにまで省略形を使われた。僕はおにぎりじゃない。
鬼畜の所業とは大袈裟だ。ほんの数回、おにぎりした程度なんだからな。
「シャル、いー感じーっ。あっ、エミーはもっと恍惚の表情を浮かべて!」
「あー、こうで、いい?」
無表情だ! 見てられない……そこはもっとこう、楽しまないと!
って、僕、何を考えてるんだ……。
「もう、エミー。まじめにやってちょうだい!」
「キュアの言う通りよ。そうでなくてもあんた、重いんだからっ!」
黒子もご立腹だ。エミーの表情改善指導は、しばらく続く。
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