第20話 1の2の1

「キャ、キャス。どうして君がここにいるんだ!」

「はい。カレー丼を3つほど、用意しましたのでお裾分けです!」


「トールんとこのメイドさんやね。とても気が利くんやねぇ」

 笑顔でそう言うハーツだが、その目は怖い……笑っていない。

むしろ怒りのようなものを感じる。

食べ物の恨みは怖いっていうし、くわばらくわばら……。


 慌てふためく僕とは違い、キャスは何食わぬ顔で応じる。


「お初にお目にかかります。キャスと申します。お見知り置きを」

 ハーツの目を見てどうしたらあんなに涼しい顔ができるんだ。

キャスだからなのか? 


 兎に角、2人のはなしは終始キャスがリードした。

ハーツも頑張っているんだけど、相手が悪い。


「うちは、今はドンスカター家の独り娘のハーツや。よろしゅう」

「あらあら、ハーツ様。今はっておっしゃいましたでしょうか?」


「言うたよ。あと4日もすれば、違うかもしれへんしなぁ」

「そうでしょうか? ドンスカター公爵様の子煩悩ぶりは有名ですし……」


「うちはもう子供やないんよ!」

「先程は『あーん』をしておられませんでしたか? まるで赤児のように」


「そっ、それは……」

 温室育ちのハーツには、キャスの相手はこれ以上は無理。

だから僕は、ハーツに救いの手を差し伸べた。

最後の一口にとっておいたカレー丼を匙に載せ、ハーツの前に差し向けた。


「キャス、食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ。ハーツ、食べな!」

「あーん。パクッ……うん。美味しいやん!」

「ご、ご主人様! そんなことをしたら……」

 と、キャスが慌てて言う。

今まで冷静にしていたのが不思議なほどの取り乱しようだ。

ただし、何故か目だけは新しいおもちゃを見つけた子供のよう。


「……間違いなく血を見ることになるわね……」

 と、僕たち3人に割って入ってきたのは、黒縁メガネの地味な姫様風女子。

身なりは中庭のときと同じで、左手に開いた本を持っているのも同じ。

違うのは、背後にメイドを従えていること。

やはり、どこぞのお嬢様なのは間違いない。


「あんた、相変わらずやね」

 ハーツとも知り合いのようだ。

そろそろ、その正体が知りたいが今はそれどころではない。


「……あれじゃ並ぶ気がしないでしょう。諦めてたの……」

 と、地味な姫様風女子は言いながら、カレー丼の前にできた大行列を指差す。

最後尾の看板が次々に並びはじめる人の手から手に渡っていく。

行列が現在進行形で成長している。


「……そこへ、芳しい香りがして、ついしゃしゃり出てきたのよ……」

 恥ずかしがるでもなく言うあたり、カレー丼には目が無いのだろう。

つまり、キャスが持ってきた3杯のカレー丼が諸悪の根源ということか。

いや、もとい。カレー丼には罪がない!


 そのとき、キャスの目付きが一段鋭くなる。

新しいおもちゃを見つけた子供の目だ!


「おやおやーっ。お二方とも、このカレー丼が御所望ですか?」

「……少なくとも私は喉から手が出るほど欲しいわ……」

「うちはただ、トールの食べてるもんが欲しいだけやで」

 ハーツの言い方、ストレート過ぎる。


「それは困りました。私どもは3人連れですので、お分けできません」

 キャスが3杯用意したのは、そういうことか。


「……そんな! 貴女、メイドでしょう。譲りなさいよ……」

 地味な姫様風女子もストレートだ。店を買うくらいだから、こんなものか。

今にも財布から大金貨を1枚出しそうな勢いだ。

だが、今日は無礼講。キャスが易々と引き下がるはずはない。


「うちはトールのを分けてもらえればそれでええんよ!」

 何でこの僕が、ハーツに譲らなきゃならないんだ?

おかしいだろうとツッコむ前に、キャスがとんでもないことを言った。

キャスのその目は、新しいおもちゃを見つけた子供の目だった。


「なるほど。では、こうしましょう!」

 これは、3杯のカレー丼をめぐる4人の物語だ。名付けて『3の1』ルール。

まず、ハーツ、キャス、地味な姫様風女子の3人が3口食べる。これが3。

次の1口は自分では食べないで、僕に『あーん』する。これが1。

『3の1』を繰り返すことで……。


「どうです? これで平等に分けられますよねぇ」

 たしかに平等だけど、『あーん』というのが気になる。

『却下だっ!』と叫びたいところだが、少し様子を見ることにする。

どうせ地味な姫様風女子あたりが猛反対するだろうから。


「……まぁいいわ、それでカレー丼にありつけるならね……」

 あっさり通ってしまう。やばくない!

速攻で却下しようとしたが、今度はハーツ。


「それ、おかしいんちゃう?」

 と、ご意見を賜った。


「それやったら、匙を動かす回数が平等やあらんよ」

「……なるほど。たしかに平等じゃないわ! ダメね……」

「そんな、いいアイデアだと思ったのに」

 珍しく項垂れるキャス。平等であることは重要なことだ。

『あーん』するのが気恥ずかしいという理由を隠し、ハーツに乗っかり猛抗議。


「ダメだ、ダメだ。平等な分け方でないと、ダメだ!」

「それやから、こうすればええんよ。名付けて『1の2の1』ルールや」

 まず、僕が3人に『あーん』する。これが最初の1。

次に、3人が自分で2口食べる。これが2。

最後に、3人が僕に『あーん』する。これが最後の1。

完璧、平等なルールの出来上がりだ!


「……完璧。文句のないルールだわ……」

「これで誰にも文句はないでしょうね!」

 本当はあるけど、言い出せない。

僕たちは『1の2の1』ルールに従って、カレー丼を食べることになった。

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