第19話 あーん!

 再現道化は続く。


 間合いの手前でカーエル兄さんの速度が変わる。

足を一気に踏み込んで、そのまま棒を振るう。

あんなのが当たったら生きてはいられないだろう。


 女子相手に本気を出すだなんて、さすがはカーエル兄さん!

いや、チャッチャ様が兄さんも手を抜けない手練れということか。


 チャッチャ様がはじめて動く。棒をほんの少し合わせる。

兄さんの棒筋が逸れ、そのまま兄さんはバランスを崩す。


 倒れかける兄さんのボディーにチャッチャ様が横に一閃。

もし棒切れが本物の剣だったら、兄さん、真っ二つであの世行きだ。

しかし試合は、単なる棒で行われている。

皮肉にもチャッチャ様の1撃で、兄さんはバランスを立て直し、

そのまま上段に構え直す。


 いくら得意戦法だからとて、動きの速いチャッチャ様に上段の構えは不利。

そんなこと、兄さんだって分かっているだろうに。

しかもルールにより1分間は兄さんの攻撃は無効。


「なるほど、カーエル殿。見事な根性だな」

「褒めるなら、俺の聖剣を見てからでも遅くないぜ。ベッドの上でな!」

 ゲ、ゲスい……あくまでも再現道化師のセリフではあるが。


「ふん。その気合い、私には届かない!」

 チャッチャ様はきっちり1分待った。そのあとはまるで鬼神のよう。

あるいは、理科実験で使う記録タイマーのようだった。

瞬く間に間合いを詰め、正確に兄さんのボディーを何度も突く。


 兄さん、はじめは顔を顰めても堪えていた。

けど途中から、幸せそうな顔に変わっていく。

撃たれることが快感になったのだろうか……。

最後の一撃を喰らうと同時に仰向けに倒れこむ。


 僕は唖然としてしまう。こんなにも呆気なく幕切れするなんて……。


 チャッチャ様が仁王立ちに言う。


「弱いわね。そんなんじゃ私に指1本も触れられないわ!」


 場内が明るくなるのを待って、再現道化師が素の顔で伝える。


「無効時間120分。カーエル王子、失格退場にございます!」

 大広間が興奮のるつぼとなる。




 チャッチャ様とカーエル兄さんの両者を賞賛する拍手喝采に沸く大広間。

招待客の視線は舞台上の再現道化師から別の1点へと徐々に移る。


「さすがはイエスカーブ家の御令嬢!」

「チャッチャ様の近衛騎兵隊長の肩書きは伊達じゃないな!」

「カーエル様もカーエル様だ。上段では不利と知りつつ挑まれた」

「おっ、おい。あれを見ろ! チャッチャ様が……」

 大歓声は徐々に消えていき、最後にはシーンと鎮まりかえる。


 今、みんなが見ているのは本物のチャッチャ様。

黄金色の長い髪に、青と白の近衛騎兵隊の制服の、チャッチャ様ご本人。

後ろ手に握られた棒をある男の鼻先に向けている。

少しでも動けばチャッチャ様にめった打ちされるに違いない。

もうすでに、次のショーがはじまっている。


「キルクール殿、暗闇に乗じて接近しようとも私には届きませぬぞ!」

「ひ、ひぃっ……」

 僕たち3兄弟のなかでは最も頭のいい、次兄のキルクール兄さんだ。

暗闇のなか接近して不意打ちを試みたものの、気配で勘付かれたようだ。

剣術に疎いキルクール兄さんでは、チャッチャ様の相手になるはずがない。


「貴殿に恨みはありませんが、退場していただきます!」

 言うが早いか、チャッチャ様のめった打ちがはじまる。

まるで、指揮者がタクトを振るかのような早業だ。

キルクール兄さんはボッコボコにされ、軋んだ顔を見せる。

途中からは幸せそうな顔へと変わるのだが……。

チャッチャ様、強い! 強過ぎる。


 再びの大歓声! と、思いきや……招待客の反応は真逆だった。

シーンとしたまま、思い思いのフードスタンドに向かって駆け出した。

どういうことだろう?


 横からハーツ。


「トールはならばんの?」

「なんで? 僕にはこのカレー丼がまだあるよ」


「それやけどトールが失格退場になったら、フードコートは閉店ガラガラやで」

「どうして?」


「それがルールやからなぁ」

 そんなルール、聞いてない。聞かなかった僕が悪いんだけど……。




 大広間の隅っこに僕とハーツを残して、招待客はみんな列を作っている。

カレー丼が最も人気なのは当然として、不人気そうなメニューまでぎっしり。

みんなまるで、もうすぐ試合終了になると予想しているようだ。

実際、チャッチャ様とエンカウントすれば、1分と保たないだろうけど。


 横からハーツ。


「トール。カレー丼って、辛くないん?」

「それが、辛くないんだ! ルゥ濃いめでも、キャベツ多めだからね」


「それやったら、うちも食べようかなぁ!」

「うん。そうするといいよ。おすすめだよ!」


「それやけど、折角並んで口に合わんかったらどないしよう……」

「ハーツは甘いもの好きだからな。無理しなくっていいんじゃないか」


「けど折角やし、食べたいんよ……そや!」

「どうした? 何か、妙案があるのか?」


「あるんよ、妙案! トールの分、一口ちょうだい」

 なんだ、そんなことか。けど、たしかに妙案だ。

お試しして気に入ったら、2人で並ぶのもありだ。

カレー丼のファンが増えてくれれば、僕もうれしいし!


「ようし、分かった。ハーツ、あーんしろ」

 と、勢いでハーツの前に匙を差し向けたまではよかったが……。

大きな瞳を半分にして、小さい口を無理矢理開けるハーツが正面にいると、

今までは平気だったのに、急にキンチョーしてきた。

ハーツ、忘れてたけど傾国の美少女だった……。


 手が震えてしまい、ハーツの口に狙いが定まらない。

もっと大きく開いてくれと言っても、いちゃもんになってしまう。

ハーツはハーツで精一杯、口を大きく開けているのだろうから。


 見れば見るほどキンチョーする。だったら、見なければいい。

僕は目を瞑って匙をそーっと前に出した。


「あーん。パクッ!」

 手応えを感じて目を開ける。そこにいたのは……。

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