第16話 『お……』

 ヒーライのチョイス、さすがだ。

お腹が痛いのを一瞬忘れ、直ぐに思い出す。


「うーっ。お腹が痛い。リズ、キャス。とっとと帰ろう」

「ご主人様、やっとはなしかけてくださいました」

「あと2分黙っていたら、私、死んでしまうところでした」

 宮殿舞踏会では女性からはなしかけるのはタブー。


「あははははっ、ごめんごめん。でも、もう大丈夫! 帰るから」

「そんなのイヤ! どんな宮殿舞踏会か、ワクワクするもの!」

「そうですとも。どんな物語がはじまるのか、ドキドキじゃないですか」

 リズもキャスも目をまん丸にして鼻の穴を大きく膨らませる。


「僕は胃腸がキリキリするんだけどね……」

 言ったところで聞き入れる2人ではない。

これからはじまる宮殿舞踏会を舞台にした物語に、僕は独り恐怖した。




 それにしてもお腹が痛い。元々、乗り気じゃなかった宮殿舞踏会。

3人娘の情報をリズに聞いたのがいけない。僕には手に負えないのは明白だ。

嫌われるリスクを負うより、無難に終わらせた方が身のためだ。

なるべく早く『不屈の腹痛作戦』の第2段階を決行しよう。

そして、西の館でまったりのんびりするんだ!


 キャスとリズがテーブルに並べられた料理を見ながら言う。


「ご主人様、しっかりしてください。とっととアタックなさいまし!」

「そーだよーっ。早くしてくれないとカレー丼がなくなっちゃうよーっ」

 2人が僕を急かすのにも、しきたりが関わっている。

主人が『アタック』してから相手の『ニコッ』か『チャン!』があるまでの間、

付き添いのメイドは食べ放題・飲み放題となる。

それ以外は原則として飲食禁止だ。


 このしきたりがあるため、女性からの返事は普通、最後に行われる。

すぐに返事をしたのではメイドに嫌われてしまうからだ。


 中にはメイドへのサービスとしてアタックする貴族もいる。

その場合は女性の袖口にそっと触れる程度でアタックを終える。

ただし、『チャン!』に手加減は無用だ。


「いや、ごめん。胃がキリキリするんだ……」

 失敗すれば極刑だし、3人娘のレベルが高過ぎる。

僕はハーツに抱きつかれただけで、理性が完全粉砕寸前なのに……。

とっとと『不屈の腹痛作戦』の続きを決行しよう!

そして、西の館でまったりのんびりするんだ。


 気軽にアタックできる女性を探す。目印はティアラ。

これもしきたりで、ティアラはアタック待ち女性と王妃のみが着用を許される。

もし王妃にアタックした場合、必ず『チャン!』が待っている。

一部に愛好家がいるとか、いないとか……。


「早く! 早くしてください、ご主人様!」

「そーだよーっ! もう、お腹ぺこぺこだよーっ!」

 自分のためにも2人のためにも、早くアタックしなくては。

ティアラの女性を探すが、どこにもいない……。




 そうこうしているうちに、ヒーライがあいさつに立つ。

金ピカの半被を羽織り、右手にはド派手な金ピカのメガホンを携えている。

会場は一瞬、静まる。それを逃さずヒーライ。いつもより1オクターブ高い声。


「本日は、お集まりいただき……」

 直ぐに終わると思っていたら、長い。

今日の宮殿舞踏会が特別なものであることを示している。

そして、特別なルールが紹介される。


「ティアラの女性は王妃様を除き3人。アタックを許される男性も3人!」

 周囲が騒然としはじめる。

これだけ贅を尽くした宮殿舞踏会が6人だけのものになろうとは。

いかに王家や3公爵家の勢力が大きかろうとも、普通じゃあり得ない。


「それほどまでに、今回のアタックは重要なものなのです!」

 でしょうね。僕に至ってはこのクビがかかっている。

簡単には負けられない。重要な宮殿舞踏会だ。


「そこで、アタックできる男性を、ゲームによって決します!」

 ゲーム、だと……。


「初日の今日は……」

 おぉっ、なんか盛り上がってきた。会場はやんややんやの大歓声。

それをヒーライが左手を振って煽りたてるから、鎮まる気配がまるでない。


 そこへ、係の人がヒーライに駆け寄る。耳元でコソコソ言っている。


「……ななな、何ですと!」

 ヒーライが芝居じみたオーバーリアクションをすると、会場は再び鎮まる。

次にヒーライが何と言うのか、聞き逃せない!

演出の一部だろうと予想できるが、それでも心が躍ってしまう。


 ヒーライは、また1つオクターブを上げて、

「皆さん。何と、最高司祭猊下より贈り物が届きましたーっ!」と、言った。

 最高司祭猊下——

見た目はいいクセに中身がアレな、この国のもう1人の実力者だ。

聖なるアイテムをコレクションしていることでも有名。

そんな最高司祭猊下からの贈り物となると期待半分、不安半分だ。

一体、どんなモノだろうか。


「それは……お……」

 『お』何だよ! ヒーライったらもったいぶりやがって!

早く続きを言ってほしい。聞きたくて聞きたくて仕方がないよ。

そう思ったのは僕だけではない。

みんながみんな、固唾を飲んでヒーライの次の言葉を待つ。


 ふと、夢の中の男やエミーの言ったことを思い出す。

『お……』って、まさか……!

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