第14話 マシュマロ感

 ハーツと知り合ったのは、10年前のこと。

当時は僕の2人の兄が競うように大人びたことをしていた。

食べものも大人っぽいものを好んで、辛いものばかり食べていた。

まだ子供だった僕とハーツだけが、甘いマシュマロを好んだ。


 そんな些細なきっかけで、意気投合したのを覚えている。

以来、互いに名前を呼び捨てするまでの間柄となった。


 うわさに聞くハーツは、それはそれは美しく成長したという。

『9頭身爆乳公女』とか『城を傾ける美少女』と呼ばれている。

だが今日、僕は実感した。ハーツの成長はうわさ以上だ。

城どころか、この国を傾けるほどの存在だと認めよう。


「……トールのことも……大大大好きーっ!」

 ハーツはそう続けて、僕に抱きついてくる。

右手のひらだけで味わっていたマシュマロ感が全身に波及する。

これはやばい、やば過ぎる! 理性が完全に粉砕されそうだ……。


「おお、おい、ハーツ。宮殿舞踏会でそれは……ま、まずいだろう!」

 本当は、宮殿舞踏会でなくてもまずい。身体が熱くてたまらない!

宮殿舞踏会は単なる婚活パーティーだが一方で、神聖なものとされている。

ほとんどがくだらないものだが、古くからのしきたりがたくさんある。


 まず、女性から男性に触れてはいけない。

それから、女性から男性に声をかけるのもダメ。

ちょっと古臭いけど、しきたりだからしかたがない。

まだまだ女性には厳しい世の中だ。


 また、男性が女性の衣服に触れることをアタックといい、求婚を意味する。

触れるのが心臓に近い部分であればあるほど、気持ちが大きいことを表す。

つまり、ガチの場合は胸をもむ! さっき、僕がハーツにしたように……。


 あっ、あれれ? 僕ってハーツにアタックしちゃったんじゃないか?

ハーツはもう1つの古いしきたりに則って僕のアタックに返事をした?


 男性のアタックに対する女性の意思表示に関するしきたりは……。

たしか、OKの場合は『ニコッ』といい抱きつく。

NGの場合は『チャン!』と言ってビンタする。

『アタック・ニコッ』か、『アタック・チャン!』か。


「セーフやで。トールが先に、うちの衣服に触れたんやないか!」

 その通りだ。僕が先に右手でハーツの衣服の胸部に触れ、もみもみした。

マシュマロ感を味わった。ハーツが僕に抱きついてきたのはそのあと。


 古いしきたりに照らして考えれば、

僕が『アタック』して、ハーツが『ニコッ』したことになる。

『アタック・ニコッ』成立だ。ご成婚だ!

でも今のは不可抗力によるもの。無効だ、無効!


「ねぇ、ハーツ。今のは……」

「……旦那様。不束者ですが、よろしくお願いいたします」

 なななっ。ハーツは完全に有効だと思っている。これはやばい、やば過ぎる。

なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃーっ!


 僕はなるべく冷静に、ことの顛末を思い出した。

ハーツが僕に抱きついた。それはそれは心地いいマシュマロ感だった!

その前に僕がハーツの衣服の胸部に触れてもみもみした。もちろんマシュマロ!


 だめだ、だめだ。どうしてもマシュマロに行き着いてしまう。

どう考えてもしきたり通りにことが進んでいる。

エミーと夢の中の男の言うおにぎりに気を取られて、

マシュマロに対しては完全ノーガードだったのがいけないのか?

お腹は痛いし、僕はどうしたらいいんだ……。


 やっ、待てよ。そうだよ、あるじゃないか。全てを無効にする理屈が!

だったら、そうだ! これでいい。名付けて『不屈の腹痛作戦』だ。




 終始ご機嫌のハーツ。ルンルンとハミングが聞こえる。ニコニコしている。

僕は、ムラムラするのを抑えて、ハーツに正面から向き合う。


「ハーツ。聞いてくれ!」

「なっ、なんや? そんなに難しい顔をして。どうしたん?」

 かっ、かわいい。不安そうな顔は思わず抱きしめたくなるほど!

今直ぐに『大丈夫だよ!』と言って、安心させてあげたい……。


 いや、だめだ! ハーツは危険過ぎる。

粉々になった理性をかき集めてでも太刀打ちする。


「有効とするのは、まずいんじゃないか?」

「なんでやねん! トール、おこやで。うちのこと嫌いなん?」

 ハーツが怒った! 予想通りの反応だ。

少し違うのは、怒った顔がかわい過ぎることくらい……。


「トールが相手してくれんと、うちはこの国、滅ぼすでっ!」

 冗談に聞こえない。滅ぼされるくらいなら全てを受け容れようか……。


 いやいや、だめだだめだ。絶対に屈しはしない! 僕の理性、集まれーっ!


「そんなことないって。だからこそ神々にちゃんと祝福されたい」

「うん。うちも祝福されたいんよ」

 ドンスカター家の人々は敬虔なるハーカルス教信者。

神々を冒涜することを忌み嫌う。しきたりには最もうるさい家系だ。

だから、絶対に効くはずだ。


「だったら、ハーツからはなしかけたのは、まずいんじゃないか?」

「あっ……」

 ハーツの顔が青ざめる。予想通り!

想定を超えたのは、青ざめた顔もかわい過ぎることくらいだ。


「でもこれは、宮殿舞踏会での出来事ではないから、罪はないだろうけど」

「そっ、そうやねぇーっ。あっぶなーっ。宮殿舞踏会やったら、アウトやった」

 冷や汗を垂らすハーツ。もちろん、かわいい。


「うんうん。でも、いい練習ができたよ!」

「ト……トール……じゃあ、宮殿舞踏会で?」


「もちろんさ。終盤になると思うけど、楽しみにしててよっ!」

「うちも楽しみや! トール、おおきにっ。ニコッ!」

 ハーツがそう言い終わる前に、僕はまた全身にマシュマロ感を味わった。

もちろん、宮殿舞踏会ではないからセーフだ。


 よろこぶハーツを見ていると心が痛む。

何故なら宮殿舞踏会の終盤に、僕はいないだろうから。

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