軍服の麗人
第13話 中庭
中庭には噴水があり、その東西にベンチが2つずつある。
そのうちの西側を目掛けて歩く。かつての僕の特等席だ。
ツバメがツピーツピーと鳴きながら、低空飛行している。
何かを警戒しているのかもしれない。妙な胸騒ぎがする。
案の定、かつては僕の特等席だったベンチは、何者かに占領されている。
近付くにつれ、読書をしていると分かり、
女性だと分かり、黒縁メガネをかけていると分かり、仏頂面だと分かる。
付け加えれば、相当な地味さだ。
さっき街でうどん屋を買っていた少女じゃないか。
一体、何でこんなところに?
読書をしている黒縁メガネで仏頂面で地味な姫様風女子。
今日の宮殿舞踏会のヒロインの1人だろうか?
チャッチャ様か、それともエーヨ様か。
全くの別人の可能性がないわけではないが……。
「……どうして読書の邪魔ばかり……」
一瞥もくれずに言われる。僕は既に嫌われているようだ。
もし彼女がチャッチャ様かエーヨ様なら、いきなりのピンチだ。
あるいは、もう手遅れともいう。
「邪魔しにきたわけじゃないんだ。僕の昼寝の特等席ってだけ」
「そう……もう夕刻だけど、静かにしてくださるなら文句はありませんわ」
取り付く島がない。
けど、2人のどちらかの可能性がある以上、嫌われたままではダメだ。
何とかしなくちゃ!
そっと隣のベンチに腰を掛け、姫様風女子を見る。相変わらずの仏頂面だ。
読んでいるのは小説。タイトルを見て、思わず口に出す。
「あっ、『おとぎの国の王子様シリーズ』の19巻!」
このシリーズはおとぎばなしを今風にアレンジしたもの。
「へぇ。読んだこと、あるの」
目は本から離れないけど、はじめてまともに反応してくれた気がする。
もしかしたら、これは立派なチャンスなのでは?
好かれるまではいかずとも、嫌われずにすむかもしれない!
「あるも何も、僕は愛読者だよ」
「……推しは?」
「『ベアー』もいいけど、やっぱり『ユニコーン』かなぁ」
『ユニコーン』は2巻、『ベアー』は3巻。ファンはみなそう呼ぶ。
正式にはそれぞれ『ユニコーンの自尊心』と『大きなベアー』。
子供の頃、よくアイラと一緒に読んだものだ。いつも2人で泣いていた。
ちなみに1巻は『灯台モトクロス』で、『モトクロス』と略される。
「子供ね。非科学的な魔法を信じているのね」
「あれはまじない。泣けるはなしじゃないかっ!」
自分の命を犠牲にして愛する人を救う王子の喜劇でもある。
「……非現実的よ。いまどき、アカチン塗れば傷口は塞がるわ……」
「……だからいいんじゃないか! で、君の推しは?」
勢いで聞いてみる。嫌われない程度に仲良くなるために必要な情報だ。
「………………」
何も返ってこない。
「……何か言いなよ……」
「………………」
「……自分だけ黙ってるなんて、ずるいぞっ!」
「………………」
「……おいっ!」
つい、ムキになってしまう。
「……分からないならいいわ!」
地味な姫様風女子は、そう言いながらどこかへと立ち去ってしまった。
最後のセリフが気になる。謎解きだろうか……。
僕はベンチに腰掛けたまま、地味な姫様風女子の謎を解き明かそうとした。
その途中、うっかり眠ってしまう。今日の疲れがどっと出たんだ、しかたない。
夢の中で聞いたのは、いつものしわがれた男の人の声。
「おーい、トールやーっ」
「はーい。なんですかーっ?」
僕はこの夢展開に慣れてきたようだ。
「気をつけるんじゃぞーっ。おにぎりには、気をつけるんじゃぞーっ」
「分かりましたーっ。おにぎりですねーっ」
「にぎるときは思いっきりにぎるんじゃ。気をつけるんじゃぞーっ」
「いつも、ありがとうございまーすっ!」
ついお礼が口をつく。しわがれた声がどんどん小さくなる。
おにぎりだなんて、ここへくる前のエミーも同じことを言っていた。
一体、おにぎりの何に気を付ければいいんだろうか……。
「……おーい、トールやーっ……おーい、トールやーっ……」
昔聞いた声がする。優しくて、ちょっとハスキーで、かなり近い。
「……おーい、トールやーっ!」
何度目かのあとに甘い吐息がかかる。僕の防衛本能が発動した。
目を開けるより先に右手を上げ、声や吐息の主を咄嗟に拒もうとした。
それが完全に仇となる。
右手は何かに行手を阻まれてしまう。手のひらにずしりと感じる重量。
それでいて、もんでみるとやわらかい。例えるなら……そう、マシュマロだ!
エミーも夢の中の男も間違っている。おにぎりよりマシュマロが怖い!
これはやばい、やば過ぎる! 右手はそのままに、そっと目を開ける。
あともう少しでおでこがくっつく距離にいるのはハーツ。恍惚な表情だ。
会うのは10年ぶりだけど、幼女の頃の面影が見え隠れしている。
潤んだ大きい目は、心の清らかさを映すように白黒がはっきりしている。
それでいて、10年分はしっかり成長している。爆乳にして9頭身!
うわさ通り。いや、うわさ以上の成長だ!
衣服の上からでも感じるマシュマロ感が半端ない!
「トッ、トール。少し会わんうちに大胆になったんやなぁ!」
ハーツ……少し会わないうちにたわわに実ったんだね! とは言えない。
うわさ通りのエロい身体だね! とも言えない。
こんなの、あいさつ代わりさ! も、ムリ。
僕は、どうすればいい、どうすればいい、どうすれば……。
とりあえず手を引っ込めたまではよかったが、
「や、やぁ、ハーツ。マシュマロみたいだね!」
と、混乱からとんでもないことを言ってしまう。さっ、最悪だーっ。
ドン引いてくれればマシなんだけど、ハーツの場合はそうならない。
ハーツは恍惚な表情を続けている。
「ニコッ。うち、マシュマロ大好き、甘いものも大好き、トールのことも……」
やめてくれ、やめてくれ、やめてくれーっ。それ以上、言わないでくれーっ!
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