宮殿舞踏会
3人娘編
使者が言う。
「国王陛下より、本日の宮殿舞踏会にご出席くださいとのことです」
父王が? それはさすがに断れない……。
宮殿舞踏会といえば聞こえはいいが、あれは単なる婚活パーティー。
王子である僕には恋愛の自由はない。宮殿舞踏会はその象徴ともいえる。
最終的には政略結婚に落ち着く王侯貴族の仮初の恋愛ごっこの場だ。
結婚なんて、15歳の僕には早過ぎる。全く気乗りしない。
そもそも僕は、本当は西の館でまったりのんびりしたいんだ。
でも、父王の命令は絶対。行きたくはないが行くしかない。
宮殿舞踏会のことを考えると、お腹が痛くなる……。
お供にはキャスとリズを連れていくことにした。
キャスは宮殿のうわさばなしに明るいし、リズは性格が明るい。
2人から少しでも元気をもらわないと、緊張に押しつぶされそうだ。
あーあっ、お腹痛い……。
「あー、おにぎりにはお気を付けください」
「おにぎりはもうたくさん。見るのもイヤだよ……」
と、わけの分からないことを言うエミーにわけの分からない弱音を吐く。
ほんの数日離れただけとはいえ、宮殿の人々は温かく僕を迎えてくれた。
かれこれ20年もの間、守衛一筋のイシーもそのひとりで、
かつて街へ抜け出すときに便宜をはかってもらっていたのを思い出す。
「トール様! 今日の宮殿舞踏会は頑張ってくださいね!」
「いつも精が出ますね。イシーさんも頑張ってね!」
「任せてください! 宮殿はこのイシーがしっかり守りますよっ!」
すごい気合いだ。イシーさんのその元気、分けてもらいたいよぅ……。
しばらく行くと、今度は遊興費管理人のヒーライがいた。
ヒーライには花冠の儀でお世話になったばかり。
「トール様! 今日の宮殿舞踏会は頑張ってくださいね!」
「さっきイシーさんにも言われたんですよ。ヒーライさんも頑張って!」
「それはもちろん。トール様はいつもの元気がないようですが?」
「あははははっ。実は、お腹が痛いんだよ……」
「それはいけない。腹痛に効く食べ物をメニューに追加しなくては!」
「いいですよ、そんなの……」
仕事熱心なヒーライには申し訳ないが、僕の腹痛は精神的なもの。
食物によって改善されるものではない。
そのあと、庭師のサムネや火起こし人のバギーからも熱いエールがとどく。
みんな自分の仕事を一生懸命にしながらも、他人である僕を応援してくれる。
そんな些細な幸せを噛み締める余裕が、今の僕にはないんだけれど……。
ゲストルームで息をつく暇もなく、父王へのあいさつに出向く。
「国王陛下ならびに王妃陛下におかれましては……」
「……かたいこと言わないでいいから。トール、頑張ってね!」
母上は興奮気味だ。宮殿舞踏会で僕が頑張る理由なんてないのに。
でもこの宮殿の人たちは挙って僕を応援してくれる。
それは嬉しいのだけれど、どうにも気が進まない。
「今日はね、トップシークレットだけど3公爵家の方たちがお見えなのよ!」
3公爵家というのはダイスロープ王国の名門貴族。
王家に並ぶ伝統を持つイエスカーブ・ドンスカター・オートスリアの3家。
その婦人はリズの元ご主人様で、王国の3大美婦人として名高い。
さらにその娘たちは、3人娘と呼ばれている。
いずれも劣らぬ麗人とのうわさは、僕でも耳にしたことがある。
「3公爵家の3人娘が降臨ともなれば、華やかになるわねぇ!」
言いながら、入念に化粧を施しはじめる母上。
年甲斐もなく張り合うつもりだろうか。
「3人の誰かがトールを気に入ったら、結婚してもらうわ!」
「けっ、結婚? 結構です……」
ますますお腹が痛くなる。恋愛経験のない僕に、結婚は早過ぎる。
「トール、舌好調じゃな。カーッカッカッカーッ!」
そんなつもりじゃないのに、父王に謎に誉められる。
「兎に角、今日からの4日間、人生を賭けて頑張るのよ」
4日間もやるのか。1日でもしんどいのに、保つかどうか心配だ。
「はなしが上手くまとまれば、王太子まであるわっ!」
それは魅力的だ。だからといって、頑張ろうとはならない。
『適当にあしらってまた今度!』みたいになれば充分だ。
西の館でまったりのんびりする方が、僕の性に合っている。
「そうだぞ。だが逆に、3人娘の誰かに嫌われたら、極刑じゃぞ!」
「ま、またまたぁ、あははははーっ」
父王の目はマジだ。
どうやら大変なことに巻き込まれてしまったようだ……。
「で、で、でーっ。ご主人様は、いずれがご趣味にございますか?」
ゲストルームで僕を出迎えたキャスがハイテンションなのはいうまでもない。
トップシークレットのはずの3人娘ご降臨のはなしは筒抜けのようだ。
キャスの顔はうっすらと笑っていて、新しいおもちゃを見つけた子供の目だ。
「まさか、じゃじゃ馬といわれるチャッチャ様ですか? 歳上ですし」
知らん……うわさでは相当な剣の使い手で、乗馬にも長けているという。
昨年から近衛騎兵隊長を勤めているほどだ。基本インドアな僕とは合わない。
「それとも9頭身爆乳公女のハーツ様?」
3人娘の中では唯一面識があるが……それは10年も前のこと。
もしハーツの成長がうわさ通りなら、僕はおそらく破滅する!
正直言って、美少女の前はキンチョーするから好きじゃない。
メイドたちなら別だけど……。
「あるいは謎多き美少女のエーヨ様?」
全く興味が湧かないが……エーヨ様との距離感は政治的に重要だ。
実家のオートスリア家は、父王を凌ぐ財力を保持している。
3人とも嫌われたら極刑というのが冗談には聞こえないほどのVIPだ。
ダイスロープ王国において、父王の政治基盤は固いといっていい。
ただし、3公爵家が束になってかかってくれば、そのときだけは危うい。
そんな家柄の3人娘を相手にするなんて、王子の僕でも気が重い。
僕は、頭を冷やすために中庭に出ることにした。
誰もいないと思ったから……。
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