第11話 黒縁メガネの地味……

 アイラのレディネスに感心する店主。

調子に乗ってアイラがおばあちゃんにそっくりだと言い出した。

僕は、アイラが怒り出さないか心配だ。


「お褒めいただき、ありがとうございます。一層励みますねっ!」

 と、アイラの反応は思ってたのと違う!


「アイラ、そこは怒っていいところだぞ!」

 いくら何でも14歳の少女を捕まえて、98歳はあり得ない!


「ですが、トール様よりも歳上に見られて、うれしいのです!」

 アイラの心からの笑顔が見られた。

こうなったら、僕もヤケクソの笑顔だ!


「実は、今日で店を閉めようと思ってたんだがもう少し続ける自信がついた」

 そう言う店主の顔も笑顔だ。


「それはよかったです!」

「あぁっ。大金貨100枚積まれたって店を手放さないぜ」

 入店直後の元気のない店主はもう、どこにもいない。




 しばらくして、ある2人連れの客が入店。姫様風女子と、メイド風女子だ。

メイド風女子の姫様風女子への対応はみごとなほど丁寧。

椅子を引き姫様風女子を座らせ、注文した天麩羅うどんを持っていき差し出す。

そして、踵を返してカウンターのアイラのところまで行く。支払いのためだ。


 姫様風女子は大きな黒縁メガネをかけていて、笑顔の1つも見せない。

お世辞にも美少女とはいえない。クールというのもちょと違う。

単なる仏頂面か、とにかく地味。


 だけど姫様だと思ったのは、そこはかとなく気品のようなものを感じるから。

姫様風女子は腰をかけると直ぐに本を取り出し読みはじめたんだけど、

その立居振舞が正に気品の塊だった。ムダな動きが全くない。

天麩羅うどんを食べはじめてからは圧巻で食事をしながらの読書は禁止だけど、

読書しながらの食事はありだと、誰にも認めさせるほどの所作の美しさだ。


 読書する姿だけなら王国で1番美しいかもしれない。


 アイラがメイド風女子に言う。


「お代は、2人前で中銅貨3枚と小銅貨6枚です」

 左手に小銅貨4枚を釣り銭用にそっと握るのを忘れない。

だけどアイラの、さりげない準備は無駄に終わってしまう。

財布の中を見たメイド風女子の顔が、どんどん青ざめていく。




 油の中に飛び散った天かすの除去作業を怠ってはいい天麩羅が揚がらない。

アイラが釣り銭をそっと準備するように、僕は天かすを丁寧に取り除く。

ならば、天麩羅うどんを食べに来た客は代金を準備して入店するべきだ。


 どうやらそれを怠った2人連れがいるようだ。姫様風と、メイド風。

メイド風女子は不穏な動きで姫様風女子に駆け寄り小声で呟く。

僕は次の客用の天麩羅を揚げる手を止め、聞き耳を立てる。

もし無銭飲食だったら、絶対に許さない! 店員の気持ちを考えろと言いたい。


「マリア様……」

 メイド風女子は言いにくそうにしている。

ずっと本に目を落としていた姫様風女子が、仏頂面のままメイド風女子を向く。


 メイド風女子はギョッとしたような顔をする。

愉快さの欠片もない姫様風女子の顔を見て、

これ以上待たせてはいけないと思ったのだろう。


「……財布をお持ちでしょうか……忘れてしまいまして……」

 やっとの思いで口にする。


 姫様風女子は本に目を戻して「あるわ」と、短い。

姫様風女子が手荷物から財布をささっと取り出す。

その間ずっと本に目を向けているからすごい。しかも仏頂面だ。


 なーんだ。ちゃんと財布を持っていたのか。

僕はてっきり買い物しようと街まで出かけたが、財布を忘れたんだと思ってた。

財布があるなら安心だ! 無銭飲食じゃなくってよかった。


 僕はキスを油の中へ静かに投入。ジュッジュワワワーッという音が拡がる。

メイド風女子は財布を受け取ると、中を2度見。

ハッっと息を呑むと、顔が痩せこけたようになる。


「……マリア様……この店を買うおつもりですか?」

 姫様風女子の返事は「ええ」と、短い。もちろん仏頂面だ。


 なーんだ。店を買うのかぁ。僕はぼんやり、菜箸でキスを摘み、裏返す。

そして、ふと思う。姫様風女子は今、なんて言った?


 そこはかとない気品はあるが黒縁メガネで仏頂面の姫様風女子。

本を片手にうどんをすするという器用さはあるが、基本は地味。

だから危うく聞き逃すところだったが、とんでもないことを言ったのに気付く。


「……買うのかよっ!」

 と、思わず突っ込んでしまう。


 姫様風女子はこちらを一瞥したのち、本に目を戻して言う。


「レシピだけで充分。店員は要らない」

「はい、マリア様」

 悔しい。店員って、僕とアイラのこと。要らないって言われた。

ギッと姫様風女子を睨みつける。


「なっ、なんだと!」

 姫様風女子は向きを変えて「読書の邪魔、しないでくれる」と言う。


 僕は読書以下か? くーっ許せない!

感情的になってしまう僕をアイラが諌める。


「大丈夫です。今の店長は、この店を簡単に譲ったりしませんよ!」

「おおっ、そうだった!」

 店主の言葉を思い出す。

たしか『大金貨100枚積まれても店を手放さないぜ』だ。


 財布の中に100枚以上入っているとは思えない。

だったらこの店を店主が手放すはずはない!

仏頂面の姫様風女子、ざまぁーみろっ!


「あのもし。これで店を譲ってくださいまし」

 メイド風女子がそう言いながら店主に渡したのは、大金貨1枚。しょぼいぜ!

さぁ、店主よ。存分に断りたまえ!

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