第10話 アイラの能力
キャスの計らいによって、アイラと2人きりになった僕。
何をはなせばいいんだか全く分からない。気まずさだけが過ぎてゆく。
アイラも同じなのか、沈黙が続く。今日イチで重苦しい……。
口火を切ったのはアイラだった。
「……その。何とお呼びすればいいでしょうか……」
アイラは僕なんかより、よほど強い。
気が重かっただろうに、勇気を振り絞って発言してくれた。
今度は僕の番。
「……トール。宮殿にいたときと同じがいい」
「はいっ。トール様」
懐かしい響きだ。
「アイラ………アイラ………アイラ………アイラ………アイラ……………」
「……トール様……トール様……トール様……トール様……トール様……」
僕たちはしばらく、何度も互いの名を呼び合った。
買い物に街をぶらぶらする前に、お昼ご飯を食べることにした。
アイラが選んだのは、元気のない店主が切り盛りする……。
「このうどん屋さんにしましょう。いい感じに寂れてますよ!」
「うん。これなら空いていて……ゆっくりできそうだ!」
一瞬、店の寂れっぷりに嫌な予感。
もし、ここで働くことになったら、きっと忙しくなるだろう。
でも財布はあるし、大丈夫! 客としてゆっくりできそうだ。
折角のアイラとの街ぶら。まずは食事を楽しむことにする。
アイラが引いてくれたテーブル席の椅子に、僕がそっと腰掛ける。
アイラはカウンターへ行き、天麩羅うどんを2つ注文する。
熱いどんぶりを2つ持って、テーブルに戻って来る。
「先に召し上がってくださいませ」
アイラは言い終わるや、支払いのためにカウンターに向かう。
その間に、先ずはうどんをすする。次いでつゆを吸う。そして天麩羅をかじる。
うん、美味い。店が寂れてるのが不思議でしょうがない。顔がほっこりする。
そのままの顔でアイラを見ると、財布を取り出し、その中を見ていた。
アイラの顔がどんどん青ざめていくのが分かる。んー、どうした?
アイラが僕に小走りに近付いてくる。
「トッ、トール様! 財布の中にこんなものがーっ!」
言いながらアイラが僕に見せたのは、1枚のカードだった。
財布の中にはそれ以外に何もない。
『買い物は私たちに任せて街ぶらを楽しんで!
あなたの親友、キャス&キュア・ミア』
何てこった! 店に足を踏み入れたときの嫌な予感を思い出す。
キャスのやつ、すれ違いざまに顔は見えなかったけど、
新しいおもちゃを見つけた子どもの目をしていたに違いない。
きっと今頃は、どこかでほくそ笑んでいるのだろう。
お楽しみくださいって言ってくれたのに、自分がお楽しみしやがって!
さて、どうしたものか……。
「トール様。このお店、買いますか?」
「買いません!」
「では……致し方ないですね……」
「あぁ……そのようだな……」
アイラと僕は店主に目を向ける。店主もこちらを見ている。
「あのぉー、お金を。お金を……」
「……あのぉー、店主様……」
この展開、今日だけで3度目だ。15年の人生でも3度目。
滅多に起こらないことだろうに……。
「……ここで働かせてください。お願いしますっ!」
こうして、僕とアイラはこの店で働くこととなった。
ちなみに、僕の役割はレシピ通りにキスの天麩羅を揚げること!
アイラの働き方は、キュア・ミアとは全く違う。派手さはなく、地味。
客が途切れることはないものの、店に行列ができるほどではない。
僕が天かすを取り除いているとき。
アイラが男4人連れと何気ない会話をしながら、外から戻ってくる。
「おすすめは天麩羅うどんです。今日はいいネタがあるんですよーぅ」
「いいねぇ、俺はそれにするよ」
「じゃあ、俺も!」
「俺も。ただし大盛り!」
「俺は大盛りに、ごはん付き!」
「はぁーい。4名様、天麩羅うどん4つの大盛り2。ごはん1ですーっ!」
と、こんな具合に注文が入る。
ふと、母上の評価の書かれたアイラの履歴書を思い出す。
『何もかも一流止まりで、使いものにならない』という酷評。
行列ができるほどに客を引くキュアやミアとの違いは浮き彫りだ。
やはりアイラは、母上の評価通りに超一流には程遠いのか。
業務に慣れてきた僕に、店長がはなしかけてくる。ご機嫌のようだ。
「店がこんなに忙しいのは久しぶりだ。あのねえちゃんのおかげだな!」
「そうなんですか?」
たしかに繁盛店顔負けの忙しさだ。
大きなトラブルはなく、よどみなく店舗の運営ができている。
そのこととアイラの存在が、僕には結びつかない。
「客が出ていく前に次の客を探しておく。注文をさりげなく誘導する」
「言われてみれば……」
思い当たることは他にもいくつもある。
アイラは準備に怠りなく、考え得るあらゆる事態を想定して先まわりしている。
「……そうですねぇ」
「あの姉ちゃんのはたらき、まるで死んだおばあちゃんそっくりだ」
そのたとえ、大丈夫? アイラはまだ14歳。
いくら何でもおばあちゃんと比べたらだめな気がする……。
「……店主様?」と、アイラ。
ほらほら、言わんこっちゃない。
物腰は丁寧だけど、内心何と思っているか分からない。
「……店主様、もう1度おっしゃってください!」
「あぁ、去年98で死んだおばあちゃんにそっくりのはたらきだよ!」
みなまで言うなーっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます