第9話 2人の時間

——ゴワァーン……


 大聖堂の鐘12連発を、噴水池前の広場のベンチで聞く。

合流したキュアの様子がおかしい。何かに怯えているようで、青ざめた顔。


「どうした、キュア。何か悪いもんでも喰ったのか?」

 それはないか。キュアは無一文だ。

キュアは青ざめた顔のまま、興奮気味に言う。


「違います。出たんですよ!」

 そんなに大きいのが? 心の中で思う。

キュアは今度は顔を赤らめて、僕の心の声を否定する。


「違いますよ! セクハラですよ!」

「じゃあ、何が出たっていうんだい?」


「ゾンビです! 西の館を襲撃して死んだはずの賊ですよ!」

 そんなはーず、ないさーっ! と言う間もなく、ミアがはなしに入ってくる。


「ウソッ! キュアも見たの? じゃあ、見間違いじゃないみたいね……」

 ミアも見たのか。にわかには信じられない。


「そっくりさんかもしれないよ。あっ、双子かも!」

「違うわよ。絶対に違う!」

「双子、舐めんな!」

 完全に否定された。真相やいかに……。




 さて、どうしたものか。

買い物をしようにもキュアもミアもお金を持っていない。

ここはおとなしく帰るのが吉だ。


 いや、でも待てよ。僕は財布を持っているじゃないか! お金も入っている!

明日の早朝ピクニックに備えての買い物が、できる!


「よしっ、買い物の続きだ!」

「冗談!」

「どうやって買い物するっていうの?」

 お金があることは2人とも知っているはずなのに。

何か不具合でもあるのだろうか。恐る恐る言う。


「あるだろう……お金……」

「ご主人様はお店を買いに来たわけ?」

「あんな大金、お釣りが出ないわよ!」


 ダイスロープ王国には9種類の通貨がある。

金貨・銀貨・銅貨のそれぞれに大・中・小があって、3かけ3で9種類。

小銅貨10枚で中銅貨1枚、中銅貨10枚で大銅貨1枚……と、10進法。


 僕が持っていたのは、大金貨10枚で、お年玉や月の小遣いを貯めたもの。

宮殿内での取引は大金貨で決済されることが多い。10枚では心許ない。

だが庶民は大人1人が普通に1年間暮らすのに中銀貨1枚で充分らしい。


「なるほど。両替ができないのでは、買い物は無理だな」

「無理よ」

「無理ね」

 やはり、1度帰るしかないのか。


「しかたない……帰ろうか」

「そうね。それしかないわね」

「おとなしく帰りましょう」

 3人の意見が一致した。




 さて、帰ろう! そう思い腰を上げると、遠くから聞き慣れた声。


「キュアーッ、ミアーッ! エミーの言う通り、ここにいたのねーっ!」

 声の主は、アイラ! その右手には、財布! ダッシュして近付いてくる。

うしろにはキャスもいる。2人にキュア・ミアが駆け寄る。僕も続く。


「アイラーッ! キャスーッ!」

「2人とも助けに来てくれたのねーっ!」

「でも、よくお金を忘れてるって気付いてくれたね」

 何気なくアイラにはなしかけた僕だけど……。

アイラは僕とは目を合わさずに言った。


「は、はい。エミーが騒ぐので、もしやと思いまして……」

 いつもに比べて歯切れが悪い。丁寧過ぎる言いまわし。

しばらく待っていると、今度は意を決したようにかなりの大声。


「……っ。年増好きのメルヘンご主人様!」

 年増好きの……年増好きの……年増好きの……。

歳下のアイラに言われるとかなりの破壊力だ。

アイラはみんなとの取り決めを頑なに守っただけ。

悪いことはしていないんだけど、困ったものだ。


 周りを見ると、注目度の高さに驚く。

みんなが振り向ている。あの大声だし、あの内容だ。しかたない。


 悪いのは全部キャスだけど、こういうときにはしっかり姿をくらます。

アイラはもちろん、キュアやミアは僕と同い年だけど幼く見える。

僕のつれている3人に、年増がいないのは明白。側から見れば……。


 僕は、歳下メイドに『年増好きのメルヘンご主人様』と呼ぶことを、

強要しているロリコン若旦那といったところなのだろう。

通行人のひそひそ声が、僕の心をボキボキ折る。


「あら、嫌だわ。かわいそうなメイドさん。悪いご主人様ね」

「見ない顔だけど、かわいいメイドに何を言わせるんだ!」

「きっと相当なロリコンなのよ。それを隠すために態々……」

「若いメイドさんにあんな風に呼ばせるなんて、悪趣味ね!」

 僕だって、不名誉な異名で呼ばれたくはないのに。

もう、帰りたい……。




 野次馬が去ると、キャスが現れる。隠れていたのは明白だ。

それよりもアイラとキャスのおかげで買い物ができるようになった。

だったらとことん、いいピクニックになるように、いい買い物をするまで!

気を取り直して出発!


 と、思いきや。キャスが急に棒読みする。


「あーいたたたた。あー、お腹がー、お腹が痛いーっ!」

 そしてキュアとミアを捕まえる。

腕を2人の首のうしろにまわし、しっかりホールド。

キャスご自慢のナイスバディーに2人の顔面が押し当てられる。


 2つのツインテールが苦しそうにもがく。

キャスはどう見てもお腹がいたそうではない。


「私は、キュア・ミアに連れ添われて、先に館に戻ります」

 なんて身勝手な。とても連れ添われているように見えない。

また悪巧みをしているに違いない。こういうときのキャスの行動は実に素早い。

警戒する僕にアイラの反対側からすれ違いざまに、キャスが小声で言う。


「ご主人様。アイラと2人での買い物をお楽しみください!」

 お楽しみください……お楽しみください……お楽しみください……。

僕がずっと聞きたかった言葉だ。キャスは僕とアイラを2人にするためわざと。


 さすがはキャス、なんて気の利く行動だ! 疑って悪かったよ。ありがとう!

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