第8話 財布

 どうやらキュアは財布を忘れたようだ。

悪びれるでもなく、猫撫で声に僕に財布は無いかと聞いてくる。

元気のない店主が小声で言う。


「あのぉーっ。お金、くれませんかぁーっ……」

 不安げで一層小声。だが、安心してほしい。

エミーが不吉だと言っていたので、用心のために財布を持ってきたんだ。

僕は懐から財布を取り出し、キュアに渡す。


「あるよ。はい!」

 キュアは「どうも」と受け取った財布を開ける。

そして中を覗き見て「ヒィーッ!」と息を吸う。


 あれだけ周囲の空気を体内に吸い込んでいるのに、

その顔はやつれて見えるから不思議だ。


 そのあと、キュアは逆の行動をする。

顔を膨らませ、財布を閉じて僕に返し、店主に向かって言う。


「こうなったらしかたないわ……」

 な、何がはじまる? 僕の財布に何か秘密があるのか?

僕は、恐る恐る財布を開けて中を見るが、ちゃんとお金が入っている。

にも関わらず、キュアは続けて、頭を下げながら言う。


「……店主様、はたらかせてください。お願いします!」

 そして店主の返事を待たずに行動に出る。

店の外へ行き、満面の笑みと大声で客を呼ぶ。


「いらっしゃーい! 美味しい美味しいおにぎりですよーっ!」

 人目につき易いキュアが営業スマイルで街頭に立てば、

周囲の通行人が足を止めないはずがない。

店の前には瞬く間に大行列ができた。


「なんだ、なんだ。こんなところにおにぎり屋」

「美味しそうじゃないか。行ってみよう!」

「かわいいお姉さんが言うんだ。きっと美味しいんだろうなぁ!」


「並んだ、並んだ。おにぎり1個が、たーったの中銅貨1枚だよーっ!」

 すごい値上げだ! さっきまでの5倍。さすがにダメだろう……。

と、言っている暇はない。キュアがたたみかけてくる。


「店主殿、ご主人様。ジャンジャン握ってください!」

 えっ、僕も? と、躊躇う暇もない。

僕も店主もフルパワーでおにぎりを握った。

そうしないと、とてもじゃないけどお客さんが捌けない。

ちなみに、僕の役割はレシピ通りに海苔を巻くこと。


 そして、それからしばらく。ついに材料の在庫が尽きてしまった。


「ごめんなさい、今日はもうおしまい。また明日、来てくださいね」

「もちろん来るとも! 明日は朝1番に並ぶよ」

「私は2度も並んだんだ。明日は最初からたくさん買うよ、嫁さんの分もね!」

 こうして、店には商品の代わりに大量の中銅貨が残された。

身体の疲れを感じるが、悪くない。心地いいくらいだ!


 店主も同じようで、さっきまでとは打って変わり、ハキハキと言う。


「本当にありがとうございます! 御礼を受け取ってくださいまし」

「元はといえば、悪いのは私です。財布を忘れてしまい、テンパっちゃって!」

「そうですよ。御礼を言わねばならないのは僕たちですから」

 はにかむキュアと僕。


「受け取ってください……受け取ってください……受け取ってください……」

「……元はといえば………………元はといえば………………元はといえば……」

「…………そうですよ…………………そうですよ…………………そうですよ」


 何度かは御礼の品を固辞した僕たちだが、結局は頂くことになった。

店主は現役の農民で、お米がたくさん余っているらしい。


「では、お届けは西の館……えっ! 西の館!」

「はい。明日は朝からお出かけなので、搬入は今日中にお願いします」

「キュア、急かせるもんじゃないよ。明朝以外ならいつでもいいですよ」


「で、ででで、では、貴方様は……」

「……恐れ多くも第3王子、トール様にあらせられるぞ!」

 キュアのやつ、調子に乗って芝居じみたことを言う。


「ははーっ!」

 店主も調子に乗っている。


「これにて、一件落着! カーッ、カッカッカーッ!」

 僕も調子に乗ってみた。




 噴水池前の広場に来た。ミアとの約束の場所だ。

待っていたミアは予想通り元気だったが、キュアが棒読みをはじめる。

ミアも棒読みで続く。


「ねえ、急にお腹が痛くなったんだけど……」

「それは大変ね、キュア。少し休むといいわ」


「あぁー、でも。買い物ができなくなってしまうわーっ!」

「安心して。私たちが済ませるから、2時間後にまたここに集合よ」


「うんうん、それは安心ね。そうしましょう、そうしましょう!」

 キュアがどこかへ走って消えてしまった。




 今度はミアが、僕の左腕にしがみつく。妙に甘えん坊だ。

目的は定かではないが、キュアとミアの策略だと確信した僕は、先手を打つ。


「で、ミアは何が食べたいんだ?」

「えっ? 買い物はどうすんだーとか言わないんですか?」


「言わないよ。無駄だろうから」

「さすがはご主人様。はなしがはやいわ。チュロスを食べましょう!」


「りょうのかい!」


 このあとの展開は、既視感の連続だった。

寂れたチュロス屋には見るからに元気のなさそうな店主がいて、

2つ譲ってもらって食べてるときにミアが財布を忘れてるのに気付き、

僕が財布を渡すと中を見てびっくりしたミアが僕に財布を返し、

2人して全力で店を手伝うと大繁盛、瞬く間に売り切れとなった。

ちなみに、僕の役割はレシピ通りにチュロスに砂糖をまぶすこと!


 結果、御礼に小麦と砂糖を頂くことになり、

「これにて、一件落着! カーッ、カッカッカーッ!」と、なった。

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