第7話 街まで出かけたが

 礼拝を済ませたあと。

もう1人、様子のおかしいのがいる。滅多なことでは動じないエミーだ。

困っているようでも、考えているようでも、怯えているようでもある。

こんなとき、そっと寄り添い声をかけるのが主人の勤め!


「エミー、何か困りごとでもあるのか?」

「あー、メルヘンご主人様。不吉です。何が起こるか予想できません」

 そんな日もあるさ、と言いたいが、エミーに限っては言えない。


 エミーは今までに何度も未来予想を的中させてきた。

スピリチュアル的でもあり、観察に根ざした洞察でもある。

そんなエミーが不吉な何かが起こりそうだと言っている。これは問題。


「不吉な何かが起こりそうだと思うのはどうして?」

「あー、キュア・ミアがお魚咥えたドラ猫を追っかけました」


「裸足でな」

「あー、そうです。さらに買い物しようと街まで出かけようとしています」


「それがどうしたっていうの?」

「あー、分かりません。でも、不吉な何かが起こりそうなのです」

 全く意味不明だ。


「気のせい、ってこともあるんじゃないか?」

「あー、だといいのですが……くれぐれもご用心ください……」


「分かったよ」

 エミーの考え過ぎじゃないかとは思うが、充分に注意しよう。




 いよいよ出発。

西の館を出て東に向かう。丘を2つ越えると、心地いい川風が吹いてくる。

しばらくは王都ミナーミの母なる川、カンダーラ川に沿って歩く。

天気もいいし、見晴らしは最高、開放感が半端ない!


 遠くにうっすらと見えてきたのは長さ800メートルの巨大な橋。

堅牢かつ洗練されたデザインの歴史的建造物には威厳さえある。

多くの人が行き来する平和の橋だ。


 橋を渡る手前には無料の馬場がある。そこにペカリンを預ける。

ペカリンを街に入れるには税がかかる。財政逼迫の今、無駄金は使えない。


 橋から街中に続く道は幅が60メートルで、歩道と馬車道が別になっている。

王都にして王国随一の経済都市でもあるミナーミの目抜け通りだ。

買い物をしに行く人と、買い物を終えて帰る人でごった返しのなか、

キュアとミアがグググッと身体を寄せてくる。あ、暑苦しい。


「2人とも、もう少し離れて歩いてよ」

「往来が激しいのよ。くっついてないと逸れちゃうわ」

「それに、別々に歩くのはきけんだし、大変なんだから」

 危険があるとも思えない!


「離れて………離れて………離れて………離れて………離れて………………」

「……逸れる………逸れる………逸れる………逸れる………逸れる…………」

「…………危険よ………危険よ………危険よ………危険よ………危険よ……」

 僕が文句を言えば言うほど、2人はグッと密着してくる。暑苦しい……。


 何度かの押し問答とおしくらまんじゅうの結果、キュア・ミアが妥協。


「いいわ。そんなに言うんなら、離れて歩きましょう」

「その代わり、ご主人様がちゃんと守ってくださいね」

「もちのろん!」

 と、守るの意味を考えずに了承したが、直ぐに思い知らされる。


 目抜け通りはナンパの名所。それ目的で訪れる人もいるほどだ。

キュアもミアも、およそ1分に1度のペースでその餌食になる。

僕が一々それを追い払わなくてはならない。かなりの重労働だ。


「……分かったよキュア・ミア。くっついてよろしい……」

「しかたないわね。そんなに言うんなら、くっついてあげるわ」

「ご主人様、同い年の私たちでもいけるのね!」

 キュア・ミアにとっての僕は、ナンパ除けのアクセサリーだった。

暑苦しいけど、それなりの効果はあるようだ。




 しばらく行くと、西の大広場に出る。

市の立つ日だけあって人が多いが、ナンパ師はいない。

僕は晴れてキュア・ミアと離れて歩けるようになる。


 市の活況とともに、さまざまな匂いが鼻をくすぐる。

焼いた肉や魚の香り、甘い果物の香り、焦げた砂糖の香りと忙しい。


 だが、今日の目的地は西の大広場ではない。

王国の台所といわれ、より食材が集中する中央大広場だ。

少し遠いけど、品揃えは豊富だし、何より安い!


 道中、ミアが棒読みする。キュアも棒読み。


「ねえ、急にお腹が痛くなったんだけど……」

「それは大変ね、ミア。少し休むといいわ」


「あぁー、でも。買い物ができなくなってしまうわーっ!」

「安心して。私たちが済ませるから、2時間後に噴水池の前に集合よ」


「うんうん、それは安心ね。そうしましょう、そうしましょう!」

 何やら企みを感じるが、ミアが体調不良ではしかたがない。

僕とキュアの2人で買い物することになった。




 キュアはミアの心配を全くしていない。

それどころか、僕の右腕にしがみついてきて、食べ歩きをしようとせがむ。

絶対に怪しい……。


「あー、いい匂い! おにぎり食べましょう!」

「おいおい、買い物はどうする?」

 それ以前に妹の心配はしないのだろうか。


「いいのよ、そんなのはあとで。それより、おにぎり、おにぎり!」

「ったく、しかたないなぁ」

 たしかにいい匂い。食欲をそそる。

結局は僕も誘惑に負けて、おにぎりを食べることにした。


 選んだのは閑古鳥の鳴く寂れた店。

周囲には繁盛店がたくさんあるのにここだけは客が1人もいない。

店主には商売っ気がないというか、そもそも元気がない。

空いているのは急ぐ身としてはありがたいが、味は心配だ。


「毎度ぉーっ。1つで小銅貨2枚だから、2つで4枚ですぅーっ」

「はぁーいっ!」

 キュアが店主から受け取ったおにぎりを1つは咥え、1つは僕に託す。

続けて手荷物をさぐる。僕もおにぎりを頬張ってみる。

噛めば噛むほど甘くなる。人気がないのが不思議なくらい美味しい。


「あれれ……」

 どうしたキュア? 

振り返るキュア。甲斐甲斐しくもとんでもないことを口にした!


「ねぇ、ねぇ、ご主人様。お財布、持ってます?」

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