第6話 変な様子

 いつもの時間。いつものように、正面玄関前に集合。

さぁ、いつも通り全員で早朝礼拝に行くぞ!


 全てがいつも通りと思いきや、おかしいのが1人。シャルだ。

一昨日も昨日もノリノリで僕を不名誉な異名で呼んでいた。

本来はおとなしく、人を揶揄ったりするような性格ではない。

今回の件に関しては、キャスに上手くそそのかされただけ。

『年増』が自分をさすとは知らずに……。


 どうおかしいかというと、まず顔は真っ赤。目を合わせてくれない。

かといって体調が悪いわけでも怒っているわけでもないようだ。

僕が視線の中心にとらえたときには身体をくねくねとくねらせる。


 原因がよく分からないが、おかしいのは事実。

主人としてどう振る舞えば正解か、よく分からない。

とりあえず遠乗りのドタキャンを詫びることにする。


「シャル、遠乗りのことはごめんよ」

「しかたないですよ。買い物も大事です。ととと、年増好きのご主人様……」

 身体をくねらせる。相変わらずというより、どんどん激化している。


「うん、遠乗りはまた今度……」

「……いいんですよ。言ってくだされば、ボクはいつだって……」

 身体をくねりながら顔を背け、目を合わせてくれない。

これは、しばらくは距離をとったほうがいいのかもしれない。

そう考えながら距離をとろうとしたが、シャルのはなしの内容が引っかかる。


「……何も、寝ているときでなくっても、言ってくだされば良いんです……」

「はいっ?」

 足を止める。何のこと? 寝ているときって?


「……私はメイドですから……年増好きのご主人様の思うがままに……」

 はっとしてキャスを探す。シャルはまた何かを吹き込まれたに違いない。

流行のレディーオ体操をするアイラとリズの影に隠れているキャスを見つける。

にやけた顔をしている。その目は新しいおもちゃを見つけた子供の目だ。


 間違いない。シャルはキャスにまたあることないこと吹き込まれている。


「……ですから、年増好きのご主人様のお好きなように……」

 お好きなように、お好きなように、お好きなように……

変なエコーがかかって、頭の中をグルグルまわる。


 たしかに、シャルの見た目は他のメイドたち同様、頂点級。

中性的な整った顔立ち。風に靡く長い髪。そこからはみ出た少し尖った耳。

全体的に細身で、キュートなお尻は遠乗りのときに追いかけていて楽しい。


 性格は控えめで、年長者として他のメイドとほどよい距離感を保っている。

その一方では、菜食主義であることをはっきり主張する芯の強さがある。

何より、動植物の知識が豊富で、僕にいろいろなことを教えてくれる。

大袈裟かもしれないが、僕にとっては命の恩人でもある。


「……なさってください……」

 僕は、そんなシャルのことが大好きで、尊敬しているのはたしかだ。

だけど、これが恋愛感情かといえば、そうではない。

寝ているシャルにキスをしようとしたのは助けるためだ。


 シャルの顔が一層赤くなる。つられてか僕の顔がどんどん高温になっていく。

意識し出すと、止まらない。自分ではどうしようもなくなってしまう。


 もしこのまま僕がシャルとエロい関係になっても、誰も悪く言わないだろう。

メイドは主人の所有物で、性欲のはけ口にするのも思うまま。王国の常識だ。


 だけど、それで幸せかは別問題だ。


「……その節は至らず……最後の処理を怠りました……」

 最後の処理って何! シャルはキャスに何を吹き込まれたんだ!


「いや、遠乗りのことは本当にごめん。怪我のことは本当にありがとう」

「い、いいえ。その……改めて今夜にも最後の処理にうかがいますので……」

 今度は顔以外の部分まで熱くなる。つられてるだけ、つられてるだけ……。


「最後の処理はいいから! その代わり……」

「……背中を流せと、おっしゃるのですね」


「お、おっしゃりません!今、風呂は工事中でしょう!」

「夜伽をせよと?」


「とぎません!」

「で、では、年増好きのご主人様は、どんなプレーをお望みですか?」

 プレーって何? キャスのやつ、シャルに何を吹き込んだんだ!


「……動物や植物のことをまた教えてほしいだけ」

「はい。狼は甘噛みをします。人でいうキスのような愛情表現で……」

 シャルは言い終わる前に顔を両手でおさえ、しゃがみ込んでしまう。

何を勘違いしているのか、恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに……。


 このあと、シャルはアイラの介抱で立ち直るのだが……。

キャスが一体、どんなことをシャルに吹き込んだかは謎のままだ。

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