第1話
私、川村ほのかの自慢は、悪夢を全く見ない事。
今まで見た夢は全部楽しいものばっかり。
夢から覚めて、ガッカリしちゃうこともある。だって、夢がものすごく楽しいから。
でも今日、初めて怖い夢を見てしまった。
怖くて飛び起きてしまったくらいだ。
どんな夢だったかはあまりよく覚えていないけど、目が覚めた瞬間から、怖い気持ちでいっぱいで、体中に汗をかいてた。起きてしばらく経った今も、心臓がドキドキしている。
(やだな……どうしちゃったんだろ)
私は、見るなどと思ってなかった悪夢に、不安でいっぱいになってしまう。
たかが悪夢、そう思いたいのに。
(きっと明日からは、元通り、いい夢が見れますように)
神様を信じてはいないけど、何かに祈らずにはいられなかった。
そしてその願いは、まったく思いもよらない方法で叶ったのだった。
次の夜。私はいい眠りにつけるよう、ありとあらゆる準備をしていた。
寝る2時間前にぬるめのお風呂につかる。
仕事帰りに買った快眠のアロマを部屋に香らせる。
枕の下には私の好物や趣味の写真をたくさん敷く。
……これで完璧。大丈夫。悪夢なんて見る余地はこれっぽっちもない。そう思いながら、私は目を閉じた。
でも、ダメだった。
私は、今夜も悪夢の中にいた。
おかしい、悪夢なんて見るはずない。そう思って逃げようとするのに、体が全く動かない。目の前には、体がぐずぐずに溶けた、巨大なクマのような不気味な生き物が、鋭く巨大な牙がガタガタに並ぶ顎で私に噛みつこうとしていた。
目を閉じることもできず、その生き物の口の中を見つめることしかできない。黒に近い紫色の口の中が、私を丸ごとかぶりつこうとしたその瞬間だった。
「おい、どういうことだ。なんで悪夢を見てんだよ」
どこからともなく声が響いた。私の頭に刺さる寸前で牙が止まる。口の中からは緑色の唾液のような物が滴ってくる。
クマは私から離れると、声の主を探しているのか、キョロキョロとあたりを見回し始めた。
私はその隙に逃げようとするけれど、やっぱり体は動かない。すると再び声が響いた。
「ここだよ、ここ」
その声と共に、クマの背後にちょこんとした生き物の姿があらわれた。
……バクだ。体の色が、黒と白ちょうど半分ずつのバクがそこにいた。
クマもバクの姿に気づく。
しばらく考えた様子のクマだったけど、ものすごいスピードでバクに襲いかかった。
(殺されちゃう!)
そう思った瞬間、急に私の体が動くようになった。私は咄嗟にバクに駆け寄る。あのクマに敵うわけなんかないのに。でも見殺しになんて絶対できない。
でもクマのスピードはあまりにも早かった。
(間に合わない!)
私は最悪の未来を想像してしまい、目を背けそうになる。
でも、私の想像は見事に覆された。
バクは大きく口を開けると、しゅるん!とクマを吸い込んでしまったのだ。
(どういうこと!?)
私は驚き、勢いが止められないまま、派手に転んでしまう。
「あいた……くないか……夢だもんね」
なんとか上半身を起こしながら、痛くない頭をさする私。すると、目の前には、クマを吸い込んだバクがいた。
「……助けてくれたの?」
バクに尋ねる。するとバクは、フッと笑う。
「俺はそんなお人好しじゃない。ただそこに夢があるから食っただけさ」
カッコつけた言い方。でも姿はバク。しかもリアルなバクじゃなくて、限りなくぬいぐるみ寄りのかわいさ。
私はそのギャップに思わず吹き出してしまった。
「何を笑ってる」
「ご……ごめんなさい……かわいい見た目と話し方のギャップについ……」
正直に言ってしまい、機嫌を損ねるかと心配した。でも、バクは大して気にも留めない様子。
「これでもう悪夢は俺の腹の中だ。朝までぐっすり寝るが良い」
その直後、夢の中の私は強い睡魔に襲われる。でも、まだお礼を言ってない。私は必死で声を出す。
「ありがとう……助けてくれて……その気がなかったとしても私……嬉しかった……ありが……と……」
そこで私の意識は、夢の中から暗闇に落ちた。
夢食うバクは悪夢と躍る じぇいそんむらた @rikatyuntyun
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