第82話 リア・クラークは『減』の『刺繍文字』を縫い始め、転生者の女子生徒二人を部屋に招き入れる

食堂でお昼ご飯を食べ終えた私は『清潔』スキルで自分の口の中を綺麗にし、食器を片づけた。

そして食堂を出て、トイレ……お手洗いに行き、それから女子寮の自室に戻る。


午後に、転生者たちが私の自室を訪ねて来ることになっているけど、特に時間は指定していない。

この世界には時計はあるけど、スマホのような物が無いから、なんだかのんびりしている気がする。

ネルシア学院の授業も、遅刻してもサボっても、何も言われることはないし。

サボりすぎると、自分自身が困ることになるから、それは怖いなあと思うけど……。


私は転生者たちが訪ねてくるまで刺繍をすることにした。

机の上に置きっぱなしにしている裁縫道具で『力』と『半』の『刺繍文字』を終えた布に『減』の文字の刺繍を始める。


『減』の文字を慎重に刺繍していると、扉をノックする音がした。

転生者たちが訪ねてきたのかもしれない。

私は針を針山に刺し、持っていた布を机の上に置いて、扉を開けに向かう。


私が扉を開けると、以前、一度部屋を訪れた女子生徒二人が立っていた。

紺色の髪と目の女子生徒と、筋肉質ですらりとした身体つきの女子生徒は、扉を開けた私を見てほっとしたように微笑む。

前に会った時は追い返しちゃったからなあ、私。この世界で生きることに必死だったとはいえ、悪いことをした。


「どうぞ。部屋に入ってください」


私はそう言って、女子生徒二人を部屋に招き入れた。

椅子が一つしかないので、二人にはベッドに座るように言う。

折り畳み式の椅子、あった方がいいのかなあと思いながら、私は机の前に置いてある椅子をベッドに向かい合うような位置に置いた。

私が椅子に座ると、筋肉質ですらりとした身体つきの女子生徒が口を開く。


「久しぶりね。井上愛子さん。日本にいた時のように、井上さんと呼ばせてもらうわね」


「私たち、会ったことあるんですか?」


「ええ、学校がある時は、よく顔を合わせていたわ。私とあなたはね」


今、話している彼女は、私の知っている人みたい。

小学校や中学校でクラスメイトだった子だろうか。

紺色の髪と目の女子生徒は私たちの話を黙って聞いている。

筋肉質ですらりとした身体つきの女子生徒は、懐かしそうな顔で私を見つめ、話を続ける。


「私は司書の『兵頭さやか』よ」


「えっ!? 司書さん……っ!?」


私が通っていた中学校には、学校司書が常駐していた。

スクールカウンセラーも兼ねているという話を聞いたことがある。

穏やかな性格の司書さんは、図書室によく行く私と、時々話をしてくれていた。

だから私は、司書さんの名前を知っている。彼女に、おすすめの本を紹介してもらったこともある。


「司書さん、なんでここにいるんですか……っ!?」


「井上さんと、図書委員の大野くんが『ネルシア学院物語』の本の中に閉じ込められてしまったから。だから、助けに来たの。刑事さんと一緒に」


司書さんは隣に座る紺色の髪と目の女子生徒に視線を向けて言う。

紺色の髪と目の女子生徒は苦笑して口を開く。


「僕は刑事じゃなくて警察官だけど、まあ、一般の人は警察官全般を刑事って呼ぶよね。今の身体は女だけど、中身は男です。名前は有馬大翔。君と大野くんをこんなわけのわからない事態に巻き込んだのは『ヘレン・ミレン』のせいなんだ。ごめんね。あっ。『ヘレン・ミレン』っていうのは、僕の今の身体の女の子の名前」


いきなり聞かされた情報量が多すぎて、私はパニックになった。


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