第50話 リア・クラークとドロシーがレオナたちと話をしている場にローランド・カークが現れる
「ねえ。さっきの話、本当? 雷に打たれたのって、王女様なの?」
空いている席に座ったドロシーは、私が席に着いた直後に、待ちきれない様子でそう切り出した。
レオナ様と呼ばれていた紺色の髪と目の女子生徒が肯く。
そういえば、さっき、彼女は『お姉さま』と口にしていたはず。
姉妹の髪と目がそっくりなカラーリングだとしたら、彼女の『お姉さま』が私を訪ねてきた女子生徒の一人だろうか。
私が考え事をしているうちに、ドロシーとレオナの会話が進んでいく。
「ええ、そうよ。王女殿下は神の怒りに触れて雷に打たれ、王族の色を失ったそうですわ。当然よ。あの方、王女であることを笠に着て、わたくしのお姉さまを長い間苦しめ続けてきたんですもの」
レオナの言葉に、彼女の友人……取り巻きかもしれないけど……の女子生徒たちは一斉に肯いた。怖い。
これが女子の同調圧力なの……?
「わたくしのお姉さまが、王女殿下が王族の色を失ったことを確認して、わたくしに教えてくださったの。それで、その後、一緒にいた方と忙しそうに立ち去っていかれて、まだ戻られないのよ」
「あなたのお姉さんは、王女様の友達なの? 王女様が雷に打たれたところを見たの?」
ドロシーは、小さな丸い目を輝かせて言う。
「すさまじい轟音がした時、わたくしとお姉さまは食堂にいましたの。それで、わたくしがおそろしい音に驚いて両耳を塞いでいると、お姉さまは慌てた様子で立ち上がって、食堂を出て行かれたのです。わたくしは動けず、その場にとどまりました。その後、女子生徒を一人伴って食堂に戻られたお姉さまは、中庭で王女殿下が雷に打たれて王族の色を失ったと教えてくださったの」
「その時、私たちもレオナ様の近くの席でお茶を飲んでいて、その話を聞いたんだ。食堂にいた生徒たちが噂話を広めたみたいで、今や学院の生徒の多くが知っていると思うよ」
レオナの言葉に続いて、エドナ様と呼ばれていたボーイッシュな女子生徒が言った。
話が途切れたので、私はレオナに視線を向けて口を開く。
「あの、レオナ様。私の世話係が、もしかしたら、あなたのお姉さんと友達かもしれないんですけど。クロエ・ベネットという名前をご存知ですか?」
「あなたの世話係は、クロエお姉さまなの? ええ、もちろん存じているわ。王女殿下がお姉さまの不実な婚約者と行動を共にして、お姉さまの心を痛めつけていた時に、お姉さまに寄り添ってくださった方ですもの」
「なに、その話。面白そう……っ」
レオナの言葉を聞いて率直な感想を述べたドロシーに、レオナたちの非難の視線が集中する。
ヤバい空気。まずい。カースト最上位女子を怒らせるのは怖い。
なんとかごまかさなくちゃ……っ。
私は必死に言い訳を考えながら口を開いた。
「あー。えーっと、つまりですね、ドロシーはこう言いたかったと思うんです。庶民では知ることができない、興味深い話だって」
「そうそう。それです。リアの言う通りっ。あたし、ネル村の出身なんだけど、村には『婚約者』なんていなかったから。『婚約者』って親が決めた恋人同士なんでしょ?」
「そうね。でも『婚約者』というのは、恋人というよりは、家の繁栄のための結びつき、と言った方が正確でしょうね」
レオナがドロシーに、穏やかに対応してくれる。テーブルを囲む女子生徒たちの雰囲気が軟化した。
よかった。怒られなくてすみそう。
私がほっとした直後、新たな禍が訪れた。
「リア・クラーク。話をしよう」
声を掛けてきたのは金髪で青い目の、見覚えがある顔。
迷惑少年『おおのしょう』だ。転生後の名前は知らない。
ここで彼に会うなんて本当に予想外だ。
どうしていいかわからずに、私は視線をさ迷わせる。
「ローランド様……っ」
以前、迷惑少年『おおのしょう』と一緒にいた焦げ茶色の髪と目をした精悍な顔立ちの少年が駆け寄ってくる。
ドロシーは席を立ち『おおのしょう』を睨みつけて口を開いた。
「またリアに言いがかりをつけにきたの!? 先生に言いつけるから!!」
「ローランド様が失礼を致しました。お話し中に割り込むような真似をして、申し訳ありません」
焦げ茶色の髪と目をした精悍な顔立ちの少年は優雅に一礼し、有無を言わさぬ腕力行使で『おおのしょう』を引きずって去って行った。
脅威は去った……。
「なんなのかしら、あの方」
「ローランド様と呼ばれていましたわよね。確か、カーク男爵家の次期後継者の方でしょう?」
「いいえ。あの方は、現在のカーク男爵の妹君のご子息のはずですわ。今年、カーク男爵の奥様が第一子を出産されたと聞きました。ですから、カーク男爵家の次期後継者はあの方ではないと思います」
レオナたちが『おおのしょう』の噂話を始める。
ドロシーは椅子に座り直し、私も興味津々で、レオナたちの話に耳を傾けた。
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