第45話 エレイン・ネルシアは聖女リヴィア・ルシール・ネルシアに縋り、見捨てられる

いったい、なぜ、このようなことになってしまったのでしょう。


ネルシア学院からの馬車に乗せられて王城に戻ってきたわたくしの娘、ロザリンド・ロレイン・ネルシア。

愛しい娘、ロザリンドの髪は美しく輝くような銀色ではなく、白色になってしまっていました。

そして、王家の色である至高の紫の瞳は、白濁色になっていたのです……。


ロザリンドは、罪を犯した王族を閉じ込める豪奢な牢に入れられています。

わたくしは、牢のベッドに横たわる娘を、鉄格子越しに見つめることしかできません。

銀色の髪に、紫色の目という『王家の色』を奪われた娘は、罪人として扱われるのです。昨日までは、確かに、王女であったのに……。


いったい、なぜ、このようなことになってしまったのでしょう。

ロザリンドが王城の地下牢に入れられたと知らされ、直ちにこの場に来て、どのくらいの時間が経ったでしょうか。

ああ、これが夢なら、どんなにいいか……。


「王妃殿下。聖女様が王城にお越しとのことです。謁見の間にお戻りください」


牢の前から動けずに立ち尽くすわたくしに、子爵令嬢だった頃から仕えてくれている侍女のマリーシアがそう言って、わたくしの手を引いて歩き出しました。

わたくしは、マリーシアに手を引かれるままに歩き出します。


王城の謁見の間の前で、聖女様と行きあいました。

聖女様はわたくしの姿を認めると、うっとりとするような美しい所作で一礼をされました。

聖女様の御名は、リヴィア・ルシール・ネルシア。国王陛下の妹君であらせられます。

銀糸で華麗な刺繍を施された絹のローブは、聖女様しか身に着けることができぬ物で『秩序と報恩の神』トールの守りが付与されていると伝えられています。

聖女様の輝くような銀色の髪を見て、わたくしの目から涙が溢れます。

かつては、わたくしの娘も、聖女様のように美しい銀色の髪だったのです。


「王妃殿下。陛下との謁見を終えましたので、私は神殿に戻ります。御前を失礼いたします」


礼を終え、顔を上げた聖女様は、美しい紫色の目をわたくしに向けて仰いました。

両目から涙を流しているわたくしの様子には、ひとことも触れず、立ち去ろうとなさいます。

ああ、このまま聖女様とお別れすることなどできません。

わたくしは、藁にも縋る思いで口を開きます。


「聖女様、お待ちください。どうか、お知恵をお貸し願えませんか。わたくしの娘を、ロザリンドを、どうかお救いくださいませ」


聖女様は足を止め、わたくしに向き直りました。

ああ、お知恵を、お力をお貸しくださるのだと、わたくしは安堵いたします。


「ロザリンドは神罰を受け、王家の色を失いました。私にできることは何もありません。罪人として『北の砦』に送られ、生涯を『堕落の獣』討伐に費やすことになるでしょう。私が賜った神託は、すべて陛下にお伝え致しました。それでは、御前を失礼いたします。王妃殿下」


「聖女様、どうか道をお示しください。どうか……っ」


わたくしの声に耳を貸すことなく、聖女様は優雅な足取りで去ってしまいました。

ああ、聖女様に見捨てられてしまった。


聖女様は、わたくしを蔑んでおられます。

かつて、国王陛下の正式な婚約者であり、聖女様の婚約者である方の姉君を、心から慕っておいででしたから。


ネルシア学院に在籍している折、国王陛下……当時は王太子殿下でいらっしゃいました……と恋仲になりました。

王太子殿下の正式な婚約者であったあの方は、わたくしを『第二妃』として迎え入れると仰いました。でも、わたくしは耐えられなかった。

愛する方の妻は、自分だけでありたいと願ってしまったのです。


王太子殿下はわたくしの願いを叶え、正式な婚約者であったあの方は、女公爵としてデヴァイン公爵領を治めることになりました。

その後、デヴァイン女公爵は、サルーイン王国から亡命してきた王弟殿下と婚姻を結びました。

紆余曲折ございましたが、デヴァイン女公爵とネルシア王家は、今、良好な関係を保ち続けております。

ですが、聖女様のわたくしを見る目から、侮蔑の光が消えることはありませんでした……。


いったい、なぜ、このようなことになってしまったのでしょう。

聖女様から国王陛下に伝えられた神託を知ることが、震えるほどにおそろしい……。


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