第42話 ヘレン・ミレンは『奇跡発動』スキルが発現したことを感知して中庭に向かう
わたくしが、妹のレオナと食堂でお茶をしていると、不意に、胸が騒めいた。
いや、心の中で考えることを貴族令嬢風にしていることへの違和感とか気持ち悪さとか、そういうのじゃない、不安感が胸を覆う。
令嬢として生活してきたわたくし、ヘレン・ミレンが、日本で生きた20代の男で警察官と同じ口調で話しだしたらヤバい。
僕は女主人公でゲームをした経験と、大好きな彼女の美玖の喋り方と、本来のヘレン・ミレンの記憶を頼りに、ニワカ令嬢を演じながら過ごしている。
今は『待つ』しかない。本当は、この世界に転生した中学生たちとコンタクトを取れたらいいんだけど、僕は、自分以外の『主人公』の名前を全く覚えていなかった。
日本人の僕『有馬大翔』がヘレン・ミレンとして転生してから数日が経過している。
なぜ、自分を含めた失踪者がこの世界に転生することになったのかということは、ヘレン・ミレンの記憶を得たことで理解した。
ヘレン・ミレンが何年にも渡って願い、祈り続けて取得したスキル『奇跡発動』を唱えたこと。
それが、僕を含めた日本人がこの世界に転生することになった原因だ。
その後、転生した僕の記憶を持って目覚めた直後は、スキル『奇跡発動』を発動させた反動でずっと寝ついていたが、昨日、ようやく授業に出られるまでに回復した。
「お姉さま。また、あの不実な婚約者のことを考えていらっしゃったの?」
今年、ネルシア学院に入学した妹のレオナは、心配そうに私を見つめて問いかける。
レオナは紺色の髪と目の少女で、少しつりあがった大きな目が勝気な印象を与えるけれど、世話好きで優しい性格だ。
入学式で隣り合った少女が寝ていたのを起こしたと、少し得意げな顔で話してくれた。
今、レオナは心配そうな顔をして、わたくしを見つめている。
スキル『奇跡発動』を発動して体調を崩したことを知られ、それからずっと、わたくしは妹に心配をかけ続けている。
不安な予感をねじ伏せ、微笑もうとしたその時、食堂内に轟音が響いた。
「きゃああああああああ……っ!!」
レオナは轟音に驚き、耳を塞いで悲鳴をあげた。
食堂にいる生徒たちがパニック状態になる。
わたくしは『奇跡発動』スキルが発現したとわかった。
わたくしが、ヘレン・ミレンが願った『奇跡』はロザリンド・ロレイン・ネルシア王女に神罰を与えること。
そのためには、贄としての『魂』が必要だった。
ヘレン・ミレンは自分の魂を捧げることが対価だと思っていた。そして、その対価を支払うことを了承した。
ヘレン・ミレンは不実な婚約者に、婚約者を奪い去った傲慢な王女に、そして娘が傷つけられていることを知りながら婚約解消のために動いてくれなかった事なかれ主義の両親に復讐するために、自分の魂を捧げたのだ。
でも、ヘレン・ミレンの魂ひとつでは、足りなかった。
そのことをヘレン・ミレンは知らないけれど、僕は知っている。わかってしまった。
だから、四人の『主人公』が必要だった。
『奇跡発動』スキルを行使するために、四つの魂が必要だった。
そして今、四つ目の魂が天に召された。
四人目の主人公に、日本人の誰かが転生したのだ。
そして、条件を満たした『奇跡発動』スキルは発現した。
今、ロザリンド王女に神罰が下されたと確信する。
わたくしは『奇跡発動』スキルがどのような結果をもたらしたのか確認するために席を立った。両耳を塞いで怯えているレオナを置き去りにするのは可哀想だけど、仕方がない。
ロザリンド王女以外の誰かが、傷つくことはないはずだ。
ロザリンド王女の居場所ならわかっている。彼女は、わたくしの、ヘレン・ミレンの不実な婚約者と一緒にいるはずだ。
ネルシア学院の中庭にある薔薇園の片隅。
彼らはきっと、そこにいる。
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