第41話 ウルスラ・アンドレスの魂は消滅し、兵頭さやかは『ウルスラ・アンドレス』として転生する

私、ウルスラ・アンドレスは、生きながら死んでいるようなものだ。


ネルシア学院の中庭にある薔薇園の片隅で、ぼんやりと立ち尽くしながら思う。

わがままで勝手な王女殿下の護衛として振り回され、今は、婚約者がいる男子生徒との逢引の見張りをさせられている。


『ネルシア学院内では生徒は平等』と謳われてはいるけれど、そんなことはない。

わがまま勝手にふるまう王女殿下を、教師たちは誰も咎めない。

婚約者がいる男子生徒に、婚約者でない女子生徒が近づくなど、本来は言語道断なのに……。


私は武門の誉れ高いアンドレス家の第一子として生まれた。

『女』として生まれたことを疎まれ、蔑まれながらも、アンドレス家を継ぐために、やりたくもない剣術の稽古をさせられ、7年が過ぎた頃、私に弟が生まれた。

私はアンドレス家を継ぐ義務からは解放されたが、王女殿下の側近に選ばれてしまった。

女騎士としての役割を求められ、私は王女殿下に差し出された。


王女殿下は18歳でネルシア学院を卒業し、聖女として神殿に入られる。

私も、王女殿下に付き従って神殿に入ることになっている。……私の意志など、確認されもせず。


「ああ、死にたい。消えてしまいたい」


私は、何度も呟いた言葉を口にする。

言葉にも、文字にも気をつけるようにと教育を受けてきた。

神々は、私たちを見ているから……と言われてきた。


でも、私は神なんて信じない。

神がいるのなら、なぜ、私は女として生まれたの?

なぜ、弟が生まれてしまったの?


両親も祖父母も、私の気持ちには無関心で、ただ、王家と自分の家門の益になるようにということしか考えていない。

せめて、現在の聖女様のように、神殿に入っても一途に待ち続けてくれる婚約者がいれば、希望を持てたのに……。


現在の聖女様は王女殿下の叔母にあたる方で、彼女も18歳でネルシア学院を卒業し、聖女として神殿に入られたそうだ。

その際、幼少から将来を誓い合っていた婚約者がいたという。

その話を、王女殿下から何度も何度も、繰り返し聞かされた。

王女殿下は叔母である聖女様の熱烈な恋愛話に憧れ、婚約者がいる侯爵令息と『真実の愛』を育んでいると思っている。

王家の力を存続する贄としての聖女である自分を、ひどく哀れんでいる。


馬鹿馬鹿しい。

王女殿下は、逢引相手の男子生徒の婚約者の顔を見たことが無いのだ。

青ざめ、震えて、自分の婚約者が王女殿下に愛を捧げている様を見た、彼女の姿を。


夕暮れの空は、いつの間にか真っ黒な雲に覆われていた。

雨が降るのかもしれない。どうでもいい。


「ああ、死にたい。消えてしまいたい」


もう一度、私は呟く。

それが、私の……ウルスラ・アンドレスの最期の言葉で、思考だった。


……目の前に薔薇の花々があり、鼻腔を薔薇の香りがくすぐる。

こんな景色『私』は見たことが無い。

でも、記憶はある。

『ネルシア学院物語』の主人公の一人である『ウルスラ・アンドレス』には見慣れた光景だ。


「転生、しちゃったんだ……」


日本で生きた学校司書『兵頭さやか』の記憶を持つ『私』は呟く。

これから、私以外の主人公たちとコンタクトを取らなくちゃいけない。

『私』がこの世界に来たのは、私より前にこの世界に転生してしまっている人たちを『日本』に連れ戻すためなのだから……。


そう思った直後、すさまじい音を轟かせて雷が落ちた。

空を裂くような、稲光に、私は悲鳴を上げて、地面に伏せる。

異常気象が多発し、稲光が空に走ることがある日本でも、これほどの雷に遭遇したことはない。


すさまじい落雷があった直後、空を覆っていた黒雲はすっかり晴れてしまった。

それでも私はおそろしくて、伏せた地面から立ち上がれずに震えている……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る