第31話 リア・クラークは『Ⅰー1 基礎クラス』の教室の前でローランド・カークに遭遇する

クロエと朝食を食べ終えた私は、クロエに『清潔』スキルで口の中を綺麗にしてもらった後、食堂を出た。

パンケーキをデコりたいと思っていたけど、生クリームはなかったよ。チョコレートソースもなかった。

蜂蜜とバターはあった。

この世界って生クリームもチョコレートも無いのかもしれない。

『プリン』があったから、この世界にはスイーツ系はいろいろ揃ってると思っていた私はかなりがっかりしている。


寮の部屋に戻った私は、授業に持っていくものが全て手提げ鞄に入っているか確認する。学生証を忘れてしまったので、もう忘れ物がないようにしたい。


「リアさん。一人で教室まで行けそう? 迷いそうなら、わたし、一緒に行くわよ」


私が持ち物確認を終えた直後にクロエが言った。


「大丈夫です。一人で行けますっ」


『リア・クラーク』は6歳だけど『井上愛子』は中学一年生だ。

初授業の教室に、世話係と一緒に行くのは抵抗がある。

私の返事を聞いたクロエは微笑ましそうな眼差しを向けて微笑む。


「そうね。リアさんはしっかりしているものね」


そう。私はしっかりしているはずだ。

だって中学一年生の『井上愛子』の記憶があるのだから。

そして私は手提げ鞄を持ち、意気揚々と部屋を出た。

クロエが部屋の掃除をしてくれるというので、部屋の鍵はかけない。

掃除が終わったら、クロエが施錠してくれるって。


……教室にはたどり着けた。

ネルシア学院の女子寮を出て『Ⅰー1 基礎クラス』の教室の前にちゃんと来られた。

でも、一人で来るんじゃなかった!!

昨日の迷惑男子が『Ⅰー1 基礎クラス』の教室の前で待ち伏せしてる……!!

アレ、絶対に私を待ってるよね。まだこっちに気づいてないみたいだけど……。

目が合った!! ヤバい!!

迷惑男子……『おおのしょう』が立ち竦む私に気づいて歩み寄ってくる。

どうしよう。どうしたらいいんだろう。

転生前の日本の記憶に基づいた話とか、生徒たちが行きかう廊下で話されたらめちゃくちゃ嫌なんですけど……!!

まあまあ顔がかっこいい迷惑男子は、私をまっすぐに見つめて口を開いた。


「いのうえあいこ。話をしよう」


「人違いです……っ」


転生前の名前を呼ばないで欲しい。

この人なんなの? 日本人ならこのファンタジー世界に転生できてラッキーとか嬉しいとか、そういう気持ちになるんじゃないの?

転生仲間を探すよりスキル無双とか夢見るんじゃないの?

私の、話を拒否りたい空気を無視して迷惑男子が話を続ける。


「人違いなんかじゃない。俺は『ネルシア学院物語』で『リア・クラーク』という名前を見た。キャラグラもきっちり覚えてる」


「私はあなたのこと知りませんっ。人違いです……っ」


絶対にこの世界にないワードだと思う『キャラグラ』とか言わないでほしい!!

『キャラグラ』がキャラクターグラフィック……小説の登場人物の挿絵のことを言っているって理解していることを知られないように、余計なことを言わないようにと思いながら『人違いです』と繰り返す。

『リア・クラーク』には昨日より以前に、この少年と会ったという記憶は無いし『井上愛子』は『おおのしょう』なんて知らない。

『Ⅰー1 基礎クラス』の教室の前で揉めている私たちを、生徒たちが遠目から見たり、我関せずという顔でスルーしたりしている。

『おおのしょう』が私の右の手首を掴んだ。……逃げられない……っ。

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