第26話 有馬大翔は見知らぬ部屋で目覚め、混乱した記憶を整理する

……記憶が混乱している。

今、僕はベッドで寝ていて、辺りは暗い。

さっきまで、失踪した中学生たちが通っていた中学校の図書室……司書室にいたはずだ。


司書室で、地味系美人……僕は彼女は美人の範疇に入ると思うけど、人によってはそう思わないかもしれない……から話を聞いて、それで。

それで、あの司書が、おかしなことを言ったんだ。


「生徒たちは『本の中』にいる……」


耳に響く声は、少女のものだ。声は、少しかすれている。

中学生の時に声変りをして、それからずっと慣れ親しんできた自分の声ではない。


記憶が混乱している。

今、僕の頭の中には二人分の記憶がある。

だから、今のこの事態が『自分』の……『ヘレン・ミレン』のせいで起きてしまったことも、わかってしまった。


混乱した記憶が、少しずつ整理されていく。


『有馬大翔』は司書室で司書の女性から本を見せられ『生徒はこのページから主人公を選んだようだ。きっと生徒たちは主人公を選んで本の中に閉じ込められてしまったのだ』と聞かされた。

その時、僕は、司書の女性の言葉を妄言と捉えた。

だってそうだろう? 失踪した生徒が『本の中にいる』なんて、有り得ない。

そうしたら、僕を見て、彼女が言ったんだ。

『あなたがカラーで描かれた二人から主人公を選んで、何も起きなければ今の発言を撤回して謝罪します』と……。

生徒が二人も失踪して行方知れずという状況下で妄言を吐く彼女に付き合ってやろうと、僕は本のページに描かれていた赤い髪、赤い目の美少女『ヘレン・ミレン』を選び、そして今、ここにいる。


「あー。いつもゲームで『女主人公』を選んでるから女子キャラを選んだけどしくじった……」


選べる登場人物は男女ふたりで、僕は迷いなく『ヘレン・ミレン』を選んだ。

まさか『有馬大翔』が選んだ登場人物に『転生』するとは全く思わなかった。


「いや、本当、どうすんだ、これ……」


明日は非番で、カノジョとデートの約束をしているのに。

『ヘレン・ミレン』の記憶により『なぜこうなってしまったのか』という状況を把握した僕は叫び出して暴れたい気持ちになる。

でも、身体は重い。だから暴れることすらできない。当然だ。

『ヘレン・ミレン』はスキル『奇跡発動』を行使して、数日間、飲まず食わずで眠り続けていたのだから……。


尋常ではなく、お腹が空いている。

トイレにも行きたい。

根性で、起き上がることはできるだろうか。

声は出るから、世話係に気づいてもらえることを祈りながら叫ぶべきか。

貴族の令嬢である『ヘレン・ミレン』が『一人部屋』だったことが痛い。

入学金をたくさん払える貴族や富裕層の生徒は『一人部屋』になり、そうでなければ『二人部屋』や『四人部屋』になるようだ。


「神様、助けてください……っ」


この世界には神がいる。

初詣と受験シーズンにしか祈らなかった日本人『有馬大翔』は、ぼんやりと『なんかどこかには神様がいるんだろうなあ。日本は八百万の神がいるっていうし』程度の信心しかないが『ヘレン・ミレン』は婚約者の裏切りを知ってからずっと、復讐をするために『秩序と報恩の神』トールに祈り続けてきた。

僕の祈りが神に通じたのか、それとも運があったせいか『ヘレン・ミレン』の世話係が部屋に入ってきた。


「ヘレン様、お目覚めなのですね……っ」


ベッドの上で身体を起こそうともがく僕に、世話係の女性が駆け寄る。

とりあえず、一秒でも早く、トイレに連れて行ってください……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る