第15話 学校司書の兵頭さやかは、荒唐無稽な考察をする
「入学式前に居眠りなんて、井上さん、ずいぶん呑気ね……」
私、兵頭さやかは『リア・クラーク』の章に追加されたページを読み終えて呟き、ため息を吐いた。
今日は、5月26日の水曜日。今は、星ヶ浦中学校は一時間目の授業中で、私は司書室にいる。
ネットニュースでは『スーパームーン』や『皆既月食』という言葉が並んでいる。
生徒が二人も失踪している状態でなければ、夜空の月をスマホで動画撮影するところだけれど、今はそんなことで浮かれている場合ではない。
1年2組の井上愛子さんが行方不明になったのが二日前の月曜日。
そして昨日の火曜日に、井上さんと同じクラスで図書委員の一年生、大野翔くんの行方がわからなくなった。
今朝の、緊急の職員会議には学校司書でスクールカウンセラーの資格を持っている私も参加した。
職員会議では、うちの学校の吹奏楽部、演劇部、合唱部がそれぞれに参加する夏のコンクールをファンタジーVRMMO『アルカディアオンライン』が協賛するという話や、生徒たちがSNSで『うちの学校の生徒が二人も行方不明』とネットにアップしてしまったせいで、校門には、面白い話題に飢えたユーチューバーがうろついていて、学校にスマホをかざしているということ。
その迷惑ユーチューバーの姿を映した動画を校長先生が撮影して警察に提出したと報告があった。
生徒二人の失踪事件が雑誌やテレビ、ネットニュース等で取り上げられてしまえば、騒ぎが大きくなるだろう。
私はそう考えながら、読んでいた『ネルシア学院物語』のページを閉じ、本の表紙を見つめる。
騒ぎが大きくなる前に『ネルシア学院物語』の『物語が終わればいい』と私は思う。
行方不明になっている井上さんと大野くんの名前が記載され、どんどん新しいページが増えて、見たこともない文章が増えていくこの本が結末を迎えれば、いなくなった二人は帰ってくるのではないだろうか。
唐突にいなくなったのだから、唐突に帰ってくる。そう考えるのは浅はかだろうか。
荒唐無稽な話だけれど、私は、今、行方がわからなくなっている井上さんと大野くんはこの本の登場人物として過ごしているのではないかと考えている。
私は再び『ネルシア学院物語』のページを開き『主人公を選んでください』と書かれたページを開いた。
四人の登場人物の名が記されたそのページ。
一番上と二番目の登場人物を紹介している文字の色は薄く、登場人物のグラフィックもモノクロになっている。
他の二人の登場人物はこれまで読んでいた文字と同じような濃さで、登場人物のグラフィックはカラーで描かれていた。
『リア・クラーク』は井上さんが選んだ主人公で『ローランド・カーク』は大野くんが選んだ主人公。
誰かが選んだ主人公の文章やグラフィックはモノクロに変わる……。
でも、このとんでもない仮説は、誰にも話していない。
そして、この『ネルシア学院物語』という本も、誰にも見せていない。
本当は本の内容を校長先生か警察の人に見せて相談した方がいいのかもしれないけれど、そうしたら本が私の手元から奪われてしまうのではないかと恐れたのだ。
本が手元になければ、主人公たちがどう過ごしているのか把握できなくなって不安が募る。
「早く、物語が進めばいい。……でも、結末が怖い」
私は井上さんと大野くんのことを、今は過剰には心配していない。
なぜなら、物語の主人公は序盤で死んだりはしないから。
でも、物語の結末で主人公が死んでしまう小説は山のようにある。
それに、まだ選ばれていない主人公が二人いる……。
私は図書館司書の資格を取ろうと思うくらいには、本が好きだ。
だから、物語のパターンというものをそれなりに知っている。
『四人の主人公』が必要な物語であれば、誰かひとりでも欠けたらハッピーエンドにならない可能性がある……。
最悪の場合、私が主人公を選ばなければいけないだろう。
でも、私がひとり選んでも、それでもあと一人足りない。
だから、今はただ、私は『ネルシア学院物語』を読み続けるしかない。
「こんな荒唐無稽な考察、井上さんと大野くんが元気に戻ってきてくれたら、馬鹿げたことを考えてたって思って、笑い話にできるのに……」
一人きりの司書室で私が零した愚痴を聞く人は誰もいない。
私は『ネルシア学院物語』を机の引き出しにしまって、通常業務に取りかかった。
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