第10話 リア・クラークはクロエと食堂に行き、料理を取り分けるための列に並ぶ

クロエは私の部屋を出た後、廊下をまっすぐに進み、突き当たりの大きな扉を開けた。


「リアさん。ここが食堂です。女子寮からはこちらの扉、男子寮からは反対方向の扉でつながっているの。出る扉を間違えないようにね。食堂の扉は食事の時間以外は施錠されます。女子生徒が男子寮に行ったり、男子生徒が女子寮に行ったことが発覚した場合は理由を確認した上で停学処分か退学処分が下されるから、気をつけて」


大きな扉を開けたクロエが私を振り返って微笑み、言う。

開いた扉からは賑やかな声とおいしそうな匂いが漂ってくる。

転生先のこの世界での食事は、リアの家の水準は日本の井上愛子の家と遜色が無いと思ったけれど、この食堂にも期待できそうだ。


日本にいた時は新型コロナが蔓延しているせいで、人が集まって賑やかに喋る場所には行かないようにしていた。

でも、この世界では皆、お喋りを楽しみながら食事をしている。

食堂内には、転生してよかったと思える光景が広がっていて、私は思わず微笑んだ。


「食堂を使う時は、入学式終了後に配布される学生証を提示してね。今日は私の職員証で会計をするから心配しないで」


「いいんですか?」


私がそう言うと、クロエは瞬いて苦笑した。


「リアさんは6歳なのに気遣いができるのね。本当に、わたしの弟とは大違い。気にしないでいいのよ。新入生の分の食事代はあとで、学院から職員証に補填されるの」


クロエの言葉に、ほっとする。

クロエは若いのに『世話係』として働いているんだから、きっと、裕福とはいえないはずだ。

一方、私……リアは、甘やかされて育ったお嬢様だ。

部屋に置いてきてしまったけれど、手提げ鞄の中に入れた財布の中にはお金もあるのに、クロエに奢ってもらうのは気が引ける。


「カウンターテーブルに行きましょう。食堂では、パン、スープ、おかずやデザートを自分で食べる分だけ取り分けるのよ」


「ビュッフェ形式なんですね」


「びゅっふぇ?」


「あっ、ええと、バイキング形式……とか?」


「バイキングって海賊っていう意味の言葉だったわよね。北方諸島の言葉だった気がする。確かに、食べ放題、盛り放題だからと言って、山盛りお皿によそう男子学生は『海賊』みたいね。でも、お皿に盛った量に応じてお金が掛かるから、食べ放題、盛り放題だからと言って、盛りすぎると困るわよ」


クロエの言葉に、私は曖昧に笑って肯く。

『ビュッフェ』という言葉はなくて『バイキング』という言葉はある。

面倒くさい……っ。

日本で中学一年生まで生きた井上愛子の知識で話をしないようにしないといけない。

私、うっかり喋っちゃいそう。本当、気をつけよう……。


食堂の中央には高さの違うカウンターテーブルがあり、6歳の私でも取りやすいに高さと、背が高い生徒が取りやすい高さになっているようだ。


カウンターテーブルの上にはパンが入ったカゴ、スープが入った寸胴鍋、サラダが入った角バットと鯵の南蛮漬けっぽいおかずが入った角バットが並び、プリン……だと思う……が入った陶器のカップが並んでいる。

なんだか給食みたい。

日本の中学校の給食との違いは、取り分けるのが給食当番じゃなくて自分たちだということだ。


クロエと私は木のトレイにパンやおかずを乗せるための木の平皿を二枚と、スープを盛り付けるための木の深皿、それに木のスプーンとフォークを乗せて、低いカウンターテーブルの列に並んだ。

あっ。あの男子、プリンっぽいのが入った容器を6個も取った……!!

クロエもプリンっぽいのが入った容器を6個も取った男子に視線を向けて眉をひそめた。


「あんなにプリンを取って、あの子、食べ切れるのかしら。きっと新入生よ。隣に世話係がいるもの。食堂の食事が食べ放題だからって浮かれてしまっているのね。世話係が注意しなければいけないのに、放置して。職務怠慢だわ」


陶器のカップに入っているのは『プリン』でいいらしい。

クロエはプリンが入った容器を6個も取った男子に付き添っている世話係の女性を睨みつけて言う。


「男子生徒にも女性の世話係がつくんですか?」


「ええ、そうよ。10歳以上の男子生徒には、中年以上の女性の世話係がつくの。生徒と世話係が恋愛関係にならないようにね。あっ。こんな話、リアさんにはまだ早かった?」


クロエの言葉に、私は曖昧に微笑んだ。

中学一年生の井上愛子は『男子生徒と世話係の女性』が恋愛関係になる場合があるとわかるけれど、6歳のリアがそんな知識を持っているのはおかしい気がする。

この世界の6歳って、どうふるまうのが正解なの?

私は心の中でため息を吐きながら、おとなしく列に並び続けた。

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