第9話 リア・クラークはネルシア学院の制服に着替えて、部屋に鍵を掛け、食堂に向かう

クロエが部屋を出て行った後、私は手に持っていたハンカチと財布が入った手提げ鞄を机の上に置き、クローゼットに歩み寄る。

クローゼットの扉を開け、制服のブラウスが掛けられている木のハンガーを手に取った。

クローゼットは6歳の背が低い私でも使いやすい高さで嬉しい。


ベッドの上に脱いだ服を置き、制服のブラウスを着る。

毎日、中学校の制服を着ていた中学一年生の井上愛子としては、懐かしい感じがする。

私は、制服のブラウスを着てグレーのスカートを履き、濃いグリーンのブレザーを着る。

確か、胸に赤いリボンをつけていたと思うけれど……。


「リボンのことはクロエさんが来た時に聞こう。鏡はどこ? もしかして鏡が無いとか……?」


クローゼットの扉の裏側を確認したけれど、鏡はついていない。

リアの部屋には鏡があったから、鏡がない生活をすることになるとは思わなかった。

せっかく美少女になったのに、鏡が無いのは悲しい……。


気落ちしていても仕方がない。

私は脱いだ服を畳んで、扉の横に置いてある木箱の中に入れた。

これで支度は完了した。時計に視線を向けると、クロエが部屋に来る『十時刻五十分』まで、まだ少し時間がある。


何か、時間を潰す物はないだろうかと思いながら、私は部屋の中を見回す。

日本では、隙間時間にはスマホを見たり本を読んだりしていたから、何かしていないと、なんとなく落ち着かない。


「……本」


私は本棚に目を留めて呟く。

クロエは『本棚にはネルシア学院の必修の授業の教科書をしまっている』と言っていた。

授業の教科書、リアの知識で読めるだろうか……。

私は本棚に歩み寄り、一番右端にある本を引き出した。

本の表紙にはカタカナで『ネルシアショキュウガクシュウキョウホン』と書かれている。

私が『ネルシアショキュウガクシュウキョウホン』と書かれた本を開いたその時、扉をノックする音がした。


「クロエです。入りますね」


部屋の扉を開けて、私の世話係のクロエが現れた。

私は『ネルシアショキュウガクシュウキョウホン』を本棚の一番右端に戻してクロエに向き直る。

クロエは制服に着替えた私を眺め、微笑んで口を開いた。


「きちんと制服を着られたのね。偉いわ、リアさん」


「あの、在校生は胸に赤いリボンをつけていたと思うんですけど……」


「リボンはブレザーのポケットに畳んで入れてあるわ。ごめんなさい、言ってなかったわね」


クロエの言葉を聞いた私は制服のブレザーのポケットを探り、右のポケットから赤いリボンを取り出した。

そして首元にリボンを巻き、リボン結びにする。……うまくできただろうか。下を向いてリボンを見てみる。


「リアさん。リボン、綺麗な形に結べているわよ。リアさんは器用なのね」


「あの、鏡ってないんですか?」


私はクロエに問いかける。

クロエは少し困った顔をして口を開いた。


「学院の備品や備え付けの家具としては、鏡は無いと思うわ。必要なら手紙を書いて、家から送ってもらってね」


「わかりました」


「リアさんは平民出身だと聞いていたけれど、家に鏡があったの? ずいぶん裕福な暮らしをしていたのね。個室をあてがわれた時点で、入学金をたくさん払ったのだろうなとは思ったのだけれど」


クロエの言葉に私は曖昧に微笑む。

まだ転生したばかりで、私はこの世界の常識に疎く、甘やかされて育った6歳のリアの記憶は当てにできない。

余計なことは言わない方がいいだろう。


「レターセットは持ってきた? 持っていないなら、学院の購買で買うといいわ。入学式が終わったらスキルボードと学生証が配布されるの。その後でスキルボードと学生証の使い方の説明があって、学院内の主な施設を案内されると思うわ」


クロエの言葉に私は肯く。

クロエは私に微笑んで口を開いた。


「じゃあ、これから女子寮の食堂に行きましょう。少し早いけれど、お昼ご飯を食べて午後の入学式に備えるのよ」


クロエはそう言って私を促し、部屋を出た。

廊下に出て扉を閉めたクロエは私に視線を向けて口を開く。


「リアさん。さっき渡した鍵で、部屋を施錠して」


「わかりました」


私は首から下げた鍵を扉の鍵穴に差し込んで、回す。

カチャリと音がして、鍵が掛かった。

ドアノブを回して鍵が掛かったことを確認した私は、鍵をブラウスの内側に戻す。


「リアさん。私の部屋はリアさんの隣の部屋よ。私は四人部屋だから、一人部屋のリアさんが羨ましい。こんなこと、仕事を世話して頂いた身で言ってはいけないとはわかってるんだけど。今の言葉は内緒にしてね」


私は神妙な顔でクロエに肯く。

まだ若いクロエが、中年女性に交じって世話係をしているのだから、何か事情があるのだろう。

クロエは私に微笑んで口を開いた。


「ありがとう、リアさん。じゃあ、食堂に案内するわね」


そう言ってクロエが歩き出す。

私はクロエの後に続いた。

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