第8話 リア・クラークは女子寮の一階の角部屋の105号室に行き、クロエから部屋の鍵を貰う
私の部屋は女子寮の一階の角部屋だった。
部屋を一人で使えるのは嬉しい。
私の中には6歳のリアと中学一年生の井上愛子の記憶があるし、愛子だった頃は一人で過ごすのが気楽で好きだったから、部屋で気を抜いてほっとできる時間があるのはありがたいと思う。
この部屋は、去年卒業した生徒が使っていたと、私の世話係のクロエ・ベネットが教えてくれた。
私が使うことになるのは、クローゼットと机、本棚とベッドがあるだけのシンプルな部屋で、私が目覚めた時のリアの部屋に比べたら素朴な印象だ。
ベッドには清潔なシーツが敷かれていて、本棚の上にはリアが好きなくまのぬいぐるみとうさぎのぬいぐるみが並んで置かれている。
扉の横には木箱が置いてある。壁には丸い形の時計が掛けてあった。
時計の仕様は日本と同じようだ。
『12』の数字から始まり、時計回りに『1』から『11』の数字が配置されていて、短針と長針がある。
現在の時刻は『10:35』のようだ。
私と一緒に部屋に入ってきたクロエはエプロンのポケットから、鎖がついた鍵を取り出して私に差し出し、口を開いた。
「これは、リアさんがこれから使う、この105号室の鍵よ。なくさないように首から下げておいてね」
「はい」
私はクロエに肯き、受け取った鎖に通した鍵を首から下げた。
私が部屋の鍵を首から下げたことを確認したクロエが、自分が首に掛けている鎖を指でつまんで引き上げた。
鎖には、鍵が二つ通されている。
「これは、わたしの部屋の鍵とリアさんが使う105号室の鍵よ。この他に、この女子寮の部屋の扉を全て開けることができる『ネルシア学院女子寮のマスターキー』があるのよ。万が一、部屋の鍵をなくした場合は隠さずに言ってね」
「わかりました」
私はクロエに肯いて言う。
鎖に通した鍵を首に掛けているから、鎖が切れることがなければ鍵をなくしたりしないと思うけれど、万が一鍵をなくしてしまっても、部屋の中に入ることができる手段があるのは嬉しいし、ありがたい。
「クローゼットにはリアさんの荷物にあった洋服や下着等をしまっておいたわ。ネルシア学院の制服一式が三セットあるから、部屋の説明が済んだら着替えてね。着替えは一人で出来る?」
「大丈夫です」
「脱いだ服は扉のところにある木箱の中に入れておいて。そうしたら、私が『清潔』魔法をかけておくから」
『清潔』魔法というワードが気になったけれど、とりあえず今は質問せずに肯いた。
リアの母親がリア……私に『清潔』魔法をかけてくれたことはあるけれど、どうやったら私自身が魔法を覚えられるのだろう。
6歳のリアは、たまに甘えてわがままを言って着替えを母親や使用人に着替えを手伝わせていたけれど、今は中学一年生の『井上愛子』の記憶と経験があるので、私は一人で着替えをしたい。
クロエに手伝ってもらうのは恥ずかしい。
クロエは私に微笑み、口を開いた。
「本棚にはネルシア学院の必修の授業の教科書をしまっているわ。机の引き出しには、リアさんの荷物の中にあったノートと筆記用具を入れたからね」
「ありがとうございます」
部屋は清潔に整えられているし、荷物の整理を世話係のクロエが代行してくれたのは嬉しいし、ありがたい。
私は……愛子は引っ越しなんてしたことがないから、6歳の小さな手で、非力な身体で部屋の片づけをする羽目になったら、大変な思いをするところだったと思う。
「わたしは部屋の外に出ているから、リアさんは制服に着替えてね。15分後にまた来るわ。……あっ」
部屋を出ようとしたクロエが足を止め、私を振り返り口を開く。
「リアさんは時計が読める? 今、時計は何時刻を指しているかわかるかしら? 15分後ってどれくらいの時間がわかる?」
クロエに問いかけられ、私は迷いながら口を開く。
「今の時刻は、10時35分……ですか?」
「じゅうじ? 十時刻三十五分よ」
「じゅうじこくさんじゅうごふん」
私はクロエの言葉を繰り返す。
おそらく『十時刻』『三十五分』ということだろう。
日本の知識が役に立つようで、微妙に違っていてややこしい。
「十時刻五十分頃に部屋に迎えに来るわね。時計の長い針がどの数字を指せば『五十分』を意味するかわかる?」
クロエに問いかけられた私は、丸い時計を見ながら口を開いた。
「『10』の数字になったら15分後の『五十分』です」
私がそう答えると、クロエは笑顔になり口を開いた。
「正解よ。リアさんは時計が読めるのね。わたしの弟と同じ年なのに、偉いわ。じゃあ、わたしは部屋を出るわね」
クロエは私を褒めて、そして部屋を出て行った。
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