第7話 リア・クラークは世話係のクロエ・ベネットと共に女子寮に足を踏み入れる
私は『白の小館』での本人確認を終え、案内役のキャロライン・ラフキンに連れられてネルシア学院の女子寮に向かう。
私の中には日本で中学一年生として生きた『井上愛子』の記憶と感情、そしてこの世界で6年生きた『リア・クラーク』の記憶がある。
今、こうして思考している『私』は『井上愛子』だという自覚があるので『真偽の月水晶』に『本人ではない』と判定されるかと思って内心、怯えていた。
だから、列に並んで待っている間、キャロラインがネルシア学院のことをいろいろ話してくれたのだけれど、全然聞いていなかった。
キャロライン、ごめんなさい……。
今は『私』が『リア・クラーク』だと『真偽の月水晶』に認定してもらったおかげでほっとして、キャロラインの話を真剣に聞いている。
「女子寮に着いたら、リアちゃん担当の『世話係』が出迎えてくれるわ」
「せわがかり? せわがかりってなんですか?」
「『世話係』というのは、ネルシア学院におけるリアちゃんの保護者……家族のような存在になる人のことよ。リアちゃんが家から女子寮に送った荷物は、世話係が片づけておいてくれていると思うわ」
「一度も会ったことがない人と、家族になるの?」
私は驚いて、キャロラインに問いかける。
私の中には『リア・クラーク』の記憶があるのでリアの両親を自分の両親だと認識することができたけれど、見ず知らずの他人を家族と思えと言われても違和感しかない。
しかも、赤の他人にリアの荷物の整理をさせるなんて……。
「私も最初はリアちゃんと同じことを思ったけれど、今では世話係のアンナさんがいてくれるとほっとすると思うようになったの。『世話係』というのは、ネルシア学院の卒業生で、寡婦や離縁した女性、事情があって未婚の女性の就職口として用意されたものだって、世話係のアンナさんが教えてくれたのよ」
キャロラインはそう言って、前方の、壁に蔦が這う洋館に目を向けた。
「あちらの赤い屋根の館が『女子寮』よ。隣に建っている青い屋根の館は『男子寮』だから間違えないようにね」
女子寮の扉の前には紺色のワンピースに白いエプロンをつけ、頭に三角巾をしている女性たちが立っていて、賑やかにお喋りをしている。
今日は澄み渡った青空で、風が気持ちいいから、話が弾むのかもしれない。
「扉の所に立っている女性たちが『世話係』よ。『世話係』は皆、紺色のワンピースに白いエプロンをつけて、頭に三角巾をしているから、困ったことがあったら彼女たちに相談してみて。リアちゃん担当の『世話係』は誰かしら?」
キャロラインはそう言って、世話係の女性たちに歩み寄り、口を開く。
「今年入学の、リア・クラークさんを連れてきました。担当の世話係の方はどなたですか?」
「わたしですっ」
キャロラインの言葉に応えて手をあげたのは、緑色の髪に緑色の目という目に鮮やかなカラーリングの少女だ。やや小柄で、ふっくらとした頬に、丸みのある身体つきをしている。太っているというほどではないが、痩せているとはいえない感じだ。
年齢は17歳くらいだろうか。
立ち話をしている世話係の中では、一番若そうに見える。
「おはようございますっ。わたしは世話係のクロエ・ベネットです。よろしくね、リア・クラークさん」
「よろしくお願いします」
私は、私の担当だという世話係のクロエにそう言って頭を下げた。
「じゃあ、私は行くね。リアちゃん、学内でまた会えたらいいね」
世話係のクロエに私を引き合わせたキャロラインはそう言って、私に手を振った後に『白の小館』に向かって歩き出す。
私はキャロラインの後ろ姿を見送って、隣に立つクロエを見上げた。
クロエは私と目を合わせて微笑み、口を開く。
「リアさんは、優しい人に当たってよかったわね。わたしが入学した時は、不愛想で背の高い女の人に案内されて、すごく怖かったのよ」
案内人にも、当たり外れがあるらしい。
『井上愛子』の容姿だったら、緊張しながら新入生を案内をして、怖い顔と言われてしまったかもしれない。
でも、今、私は美少女の『リア・クラーク』だ。この容姿を目いっぱい活用しよう。
「リアさんの部屋に案内しますね。部屋の掃除は済ませてあるし、荷物は片づけておいたわ。部屋に着いたら、どこに何があるのか説明するわね」
クロエの口調は、挨拶をした時から比べると砕けてきている。
年下の私と話すから、気が緩んでいるのかもしれない。
立ち話をしまくっている世話係たちを見ると、すごく緩い職場なのかも……。
私はそんなことを考えながら、クロエに連れられて女子寮の中に足を踏み入れた。
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