第5話 リア・クラークは『白の小館』の扉の前でキャロライン・ラフキンに出会う

「本人確認は『白の小館』で行います。『白の小館』にはネルシア学院の守衛の方が常駐していて、入学式以外の時には外部のお客様の待機場所になっているんですよ」


キャサリンは6歳の私の歩みに合わせて、ゆっくりと歩きながらそう言った。


「本人確認って、自分の名前を言えば良いんですか?」


私はキャサリンを見上げて問いかける。

子ども特有の高い声は可愛く聞こえるけれど、まだ慣れない。

キャサリンは私と視線を合わせて口を開く。


「はい。自分の名前を言って『真偽の月水晶』に触れて、月水晶が白く光れば本人確認は終了です。その後、在校生が寮に案内すると思います」


「キャサリン先輩が私を案内してくれるんですか?」


「せんぱい?」


私の言葉を聞いたキャサリンが不思議そうな顔をする。

中学校で『先輩』『後輩』と言っていたからそう言っただけなのだけれど、こちらの世界には『先輩』『後輩』という言葉は無いのだろうか?

私が聞き取って喋っている言葉が『日本語』に聞こえるので、日本人の井上愛子の常識で考えて話してしまっているけれど、今聞いていて話している言葉は『日本語』ではないよね。

口の形とか『日本語』にしか見えなくて混乱する。


「『先輩』っていうのは年上の人を敬う言い方って、誰かに聞いたような気がして……」


「もしかして『先達』のことかもしないですね」


「せんだつ」


私はキャサリンが言った言葉を繰り返す

せんだつ……確か、漢字は『先達』だったと思う。

意味は『他の人より先にその分野に進み、業績・経験を積んで他を導くこと』ってネットの辞書に書いてあったような気がする。

でも『先達』があって『先輩』が無いなんて本当に謎……。


白い壁の可愛らしい建物が見えてきた。

あれがキャサリンが言っていた『白の小館』だろうか。

小館の扉は開け放たれていて、両脇にはキャサリンと同じ制服を着た生徒が立っている。

キャサリンは、扉の横に立っていた女子生徒に私を案内するように頼んで、それから私に視線を向けて口を開いた。


「リアさん。学内で、また会えたらいいですね。入学式を楽しんでください」


「ありがとうございます。キャサリンさん」


最初に声を掛けてくれたのが子どもの私を見下すことなく、丁寧に案内してくれるキャサリンでよかった。

心を込めてお礼を言うと、キャサリンは微笑んで手を振り、石造りの門へと歩いていく。


「リアちゃんだよね。わたしは『白の小館』の案内役のキャロライン・ラフキンです。去年入学したばかりだけど、案内、頑張るからね」


キャサリンの後ろ姿を見送る私に、髪をツインテールの可愛い女子生徒がそう言って微笑む。

年齢は12歳くらいだろうか。転生前の井上愛子と似たような年齢のような気がする。


「よろしくお願いします」


キャロラインの髪色はピンクで、目は水色だ。

日本にも髪をピンク色に染めたり、ピンク髪のウィッグをつけたりする人はいたし、目に水色のカラーコンタクトを入れている人もいた。

でも、キャロラインは地毛がピンクで、それが私にはものすごく衝撃的だ。

挨拶をして、つい、キャロラインのピンクの髪を見ていたら、彼女が私の視線に気づいて苦笑する。


「わたしの髪色、珍しいでしょ? うちの家系特有の色なんだって。『生命と豊穣の女神』の『祝福』を受けた血筋の証だってお父様は言うけど、本当かどうかわかんないわ。あ、今の内緒ね。不敬だって怒られちゃう」


待って待って待って。今、重要なことを言われた気がする。

情報量が多すぎて覚えられない。理解し切れない……っ。


「行きましょ。まずは一緒に本人確認の列に並ぶの」


「キャロラインさんも一緒に行ってくれるんですか?」


「うん。並んでいる間、ネルシア学院のこととかいろいろ説明するね。わたしも去年、在校生にそうしてもらったの」


キャロラインはそう言って軽やかに歩き出す。

私は小走りで、キャロラインの後に続いた。


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