第2話 井上愛子はリア・クラークとして目覚め、混乱した後、状況を理解する

目を開けると真っ暗だった。

頬には涙で頬が濡れて引きつれたような感触がある。

私、今、布団をかぶっている……?


布団を跳ねのけると、ピンク色の布でしつらえた天蓋が目に飛び込んできた。

天蓋。小説の挿絵で見たことがある。お姫様やお嬢様が眠るベッドに、天蓋がついていた。

本物の天蓋付きベッドは見たことが無い。


「ここ、どこ……?」


自分の声があまりに高く、幼くて驚いた。

なに? この声。私の声はもう少し低くて、こもったように聞こえていたはず。


「私……私は……」


天蓋を見つめて呟く。

私の頭の中には中学一年生の井上愛子としての記憶とは別に、もう一人の記憶がある。

まるでファンタジーブイアールエムエムオーの『アルカディアオンライン』にログインして主人公になった時の感覚に似ている。


「なにこれ? 私、学校の図書室にいたよね? 『アルカディアオンライン』にログインしたわけじゃないよね……?」


私が『アルカディアオンライン』で選んだ主人公は美青年の船乗りで、声は低かった。

こんな、子どものような高い声ではない。


「落ち着いて。深呼吸」


私は目を閉じて深呼吸した。

目を開ければ慣れ親しんだ図書室……と願いながらそっと目を開ける。

視界には、天蓋があった。

なにこれ、夢?

私が混乱していると、ドアをノックする音がした。

誰だろう? と疑問に思う感情と、母親だという確信が同時に心にわき上がる。


扉が開いて、部屋に入ってきた人は、私が寝ているベッドに歩み寄る。


「リア、いい加減に起きなさい。朝ご飯も食べずに閉じこもって、お腹が空いたでしょう?」


彼女の声を聞いた私は、知らない女性の声だと思うと同時に、母親の声だと理解する。

リアというのは、私の名前だ。……私は井上愛子であり、リア・クラークという少女の記憶がある。

リアの母親はベッドに腰かけ、ベッドに横たわる私を見つめた。

金髪に青い目の、綺麗な女性だ。やわらかな色合いの動きやすそうなドレスを着ている。リアは母親によく似た容姿で、父親に溺愛されている。


リアはネルシア王国で手広く商売を行っているクラーク商会の一人娘で、欲しい物は全て手に入れてきた。

そのためにわがままな性格になり、リアをクラーク商会の後継者にしたい母親は教育に手を焼いていたのだ。

同じ年ごろの子どもたちと遊ぶ時には、リアが居丈高に命令して、泣かせたり嫌われたりすることもあった。


私はリアの記憶を辿り、今の自分の状況を理解した。

夢か幻かはわからないけれど、とにかく今、私はリア・クラークという少女で、空腹で、母親と話をしなければならない。


「リア」


母親がベッドに横たわる私の髪を優しく撫でた。


「あなたがどんなに泣いても喚いても、明日、家を出るのよ。もう、荷物の用意も全て出来ているの。あなたはネルシア学院に入学するのよ」


母親の言葉に私は瞬く。

ネルシア学院。それは、私が……井上愛子が図書室で手にした本に出てきた名前だ。

そう。あの時、あの本を読んで、私は。


「ネルシア学院に入学したら、あなたは寮に入るの。家に帰ってこられるのは、夏と冬の長期休暇の時だけ。だから、リアとお母さんとお父さんが一緒にいられるのは、今日を過ぎたらずっと先のことになるの。わかるわね?」


今までの、リアだけの私だったら、母親の言葉に猛反発していただろう。

でも、今、リアの中には井上愛子がいる。

私は、母親の言葉に肯いて起き上がった。

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