第12話 きらめく日々

 帰宅の時間になるとアキナは、一人で移動機で帰りなよ、とカイトに言った。

「え、アキナは?」

「私、しばらくこっちにいる、ジェイのそばがいい」

「でも」

 一人で帰れるだろうか、空を飛ぶのだ。

 不安そうなカイトに、何度も練習したじゃん、とアキナ。

「自転車より簡単だよ、自動的に連れてってくれる」

 有無を言わさず学生用の移動機を借りた。

「ほら、私のと同じだよ」

 確かに操作パネルはアキナの機とそっくりだし、何度も練習したから大丈夫、とは思うが。

「特別にフォローしてもらうからさ」

 アキナは、カイトの使用機を着陸までサポートするように設定した。


 生まれて初めて一人で移動機を操る。

 怖かったけど、自転車より簡単とまで言われて尻ごみしたら笑われる。

 シオンが編んでくれたマフラーを首に巻くと、気持ちが楽になった。

 パパに教えてもらって、自転車に乗れるようになったんだ。その思い出もカイトを後押しする。

 結局、何の問題もなくカイトはノア邸に帰り着いた。

 上空から連絡すると、タキが応答して、

「お帰り。え、カイト一人なの」

 ちょっと驚かれた。

 シオンが出迎えてくれて、カイトは涙が出るほどうれしかった、

「本当に一人で帰ってこれたのね、カイト」

 タキも笑顔で迎えた。

 たった一晩、留守にしただけなのに、長旅をしたj気分だ。久々にあんなにたくさんの人を見たし、別世界から戻ったみたい。

「楽しかった?」

 シオンが笑顔で肩を抱く。

「うん、とっても。ナツキ兄さん、サナエ兄さんにも会ったんだよ」

「そう、それはよかったね」

 カイトはほんの少し、大人になった気がした。


 3月25日、カイトは19歳の誕生日を迎えた。

 タキがケーキを焼き、ホイップクリームや果物で飾る。自家製の小麦、卵、生クリームに果物、大地の恵みがあふれる貴重なケーキだ。

 ノア家の皆が祝ってくれた。

「おめでとう」

「おめでとう」

 祝福の嵐に、胸がいっぱいになる。

 家族みたいに温かい人たちから誕生日を祝ってもらえる。

 僕にはシオンしかいないけど。

 他の子はみんな小さい頃から、こんなふうにお祝いしてもらうんだろうか。


 4月にはサヤカが1歳の誕生日を迎え、こちらも盛大に祝われた。少し前から歩けるようになっており、ぐんぐん成長していく。

 6月、ハヤセは出産のときを迎えた。

 ヤオ邸から医師がやってきての自宅出産だ。

 パートナーのミライが、つきっきりで見守り励ます。

 夜明け前、カイトが待ちきれず居眠りしていると、聞いたことのない声が聞こえた、力いっぱい叫んでいるような。

 新しい命が産声を上げたのだ。カイトは自然に涙があふれた。

 生まれるって、こういうことなんだ。

「僕も、こんな風に泣いて生まれてきたのかな」

 隣にいたシオンを見上げると、

「そうだよ。私はちゃんと見ていた」

「ほんと? シオンはそばにいたの?」

「そうだよ」

 とシオンは微笑む。

 新生児は生まれ落ちた瞬間からケアが必要だ。専任の育児アンドロイドは当然、待機していなくてはならない。

「うれしい」

 生まれた瞬間から、いやその前から、パパは僕のそばにいてくれたんだ。

 ますますシオンへの信頼が深まる。



 カイトは春から時々、キャンパスに出かけた。ナツキ、サナエとカフェで談笑し、サナエの家も訪問した。パートナーや子供にも会った。ノア家と違い三人だけの生活だが、愛し合い信頼し合っている様子が伝わってきて、いいなあと思った。

 自分の家族を持つ。

 今は想像もつかないけど、いつかそんな日が来るんだろうか。

 メシベを探せ、と言われたことを、ちらっと思い出す。


 カイトは、アンドロイド総論の授業に出てみた。シオンとずっと暮らしていくためにも、アンドロイドについて学びたい。今日は彼らの歴史について。誕生から現状まで、興味深い内容だった。

 授業が終わった時、隣にいた学生が声をかけてきた。

「君、聴講生?」

「うん」

 吸い込まれそうな大きな瞳が、、まっすぐにカイトを見つめる。どぎまぎしながら、

「秋からは正式な学生になるつもり」

「そうなんだ。私はルキ」

 笑顔がかわいい、とカイトは思った。

「僕はカイト、よろしくね」

「なんで僕っていうの」

 理由なんか考えたこともない。

「君、ひょっとして男性?」

「そうだよ」

 カイトが19歳と聞いて、ルキは目を見張った。

「へえ。同じ年の男性って初めて会った」

 消えてしまった女性から生まれた男性は、ナツキの世代、カイトより7つほど年上あたりが最後だ。以後は人工子宮で生まれた子ばかり、しかもすべてが両性具有、カイトは突然変異なのか。

「まあいいや。お昼食べに行こう」

 ルキに誘われ、ランチを共にした。

「カイトは少し目の色が薄いね」

 ちょっとエキゾチックな顔立ちだし、いろんな民族の血が混じっていそう、とルキ。

 生物学上の父の名は、見慣れないものだった。そのことを告げると、

「海外から提供された精子だったのかな」

 人工子宮は、すべての国が保有しているわけではない。冷凍卵子の数も限られており、他国からもある程度、精子を受け入れるのだ、とルキは言った。

「民族なんて、どうでもいいことだけどね。地球市民であることに変わりはない」

「うん」

 地球市民か。

 人口爆発はなかったが、環境の悪化は止まってない。力を合わせて地球を守っていかなければ。

 キャンパスの外れには空港があり、ジェットヘリが頻繁に離着陸している。留学生も多い、この国だけのキャンパスではないのだ。

 ルキは父親と二人暮らしということだった。

「僕のパパは、シオン。育児アンドロイドだよ」

 今も一緒に暮らしていると告げると、

「ん? 貸与期間は過ぎてるよね」

 また言われてしまった。

 育児アンドロイドは、対象者が18歳になった時点で返還義務がある。申請すれば半年ずつ更新できるが、それもいつまで許可されるか。


「うちにも育児アンドロイドはいたけどね。おととし、返してしまった」

「ルキにはお父さんがいるから、それでいいけど」

 シオンがいなくなったら一人ぼっちだ、とカイトは訴える。

「でも今は、ノア? 彼は大家族なんでしょ」

 そうだけど。

 ノアは一人身だけど、昔は奥さんと子供がいたっていうし、農業アンドロイドのハンもいる。

 タキには子供も孫も、スギとカスガのカップルもそうだ。僕だけなんだ、家族がいないのは。シオンがいなくなったら一人きり。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミラージュ〜AI共棲社会 チェシャ猫亭 @bianco3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ