第11話  オープンキャンパス

 アキナとカイトが乗った移動機は、キャンパス内のポートに到着した。ダウンタウンのそれと違い、移動機は乗員ごと地上まで運ばれて下車。再度利用するときは入り口で待てばよい。

 鉄柵もなく出入りは自由だ、治安が良いのだろう。

「アキナ!」

 金髪の大柄な青年が走ってきてアキナを抱きしめた。

「ジェイ、会いたかった」

 熱いキスを見せつけられ、目のやり場に困るカイト。

 ジェイはE国の留学生だった。彼もでかい、アキナ以上だ。

 またあとでね、と、恋人たちは名残惜しそうに別れていく。

 二人にとって自分はお邪魔虫なんだな、と思いながら、周囲のあれこれに目を奪われる。


 こんなに賑やかな場所は初めてだ。若い人が圧倒的に多く、冬なのにカラフルな服装が目立つ。

 誰もが笑顔で幸せそう。灰色のダウンタウンで希望のない生活を送る男たちと、カイトはつい比べてしまう。

 隅の方ではアンドロイドが掃除をしていた。

 地味な作業着にキャップ。頭髪や眉毛はなく、表情を変えることもできない。

 彼らに向かって、誰かがゴミを放った。器用にチリトリで受け止めるアンドロイド。人間にすれば、ゴミ箱にゴミを捨てた感覚だろうが、カイトは悲しくなった。

 シオンのことがあるので、アンドロイド全般に親しみを覚え、黙々と働く彼らを好感をもって眺めるのだ。


 きょろきょろしながらアキナについていくと、

「カイト?」

 思いがけず声をかけられた。ここに知り合いは、とそちらを見ると、

「ナツキ兄さん!」

 アップタウンでのご近所さん、カイト14歳の誕生日を祝ってくれたナツキがそこにいた。

「お久しぶりです」

 本当に久しぶりだ。カイトより7つ年上で、もう立派な大人だ。

「会えて嬉しいよ、カイト。君も入学したの?」

 聴講生になるつもりです、と伝えると、ナツキは神妙な顔になった。

「あの時はごめん。親がね、ダウンタウンに行くやつとはつきあうなって」

「ううん、いいんです」

 やっぱり、とカイトは思った。引っ越しが決まってからご近所さんの態度が冷たいと感じたのは気のせいではなかった。

 今夜はここに泊まると告げると、ナツキは、明日の朝食に誘ってくれた。


 キャンパスは、あきれるほどに広かった。

 とても徒歩では回り切れない、カイトはアキナとスケルトンのシャトルバスに乗り込み、ざっと構内を一周した。

「聴講生の資格もすぐ取れる。気になる講義があったら覗いてみなよ」

 受付の前で降り、アキナはさっさと手続きしてくれた。聴講生許可もあっけなく取得。これで好きな科目を受講できるなんて簡単すぎてウソのようだ。

「ここが私のスペース」

 アキナが案内した寮の部屋は、ヤオ邸でのそれに比べたら物置にも満たない小部屋だ。

「今夜は私、ジェイのところに行くから、ここを使ってくれてもいいんだけど」

 アキナは一瞬考え、

「やっぱりゲストルームがいいよね」

 同じ寮内のひと部屋を押えてくれた。


 ランチタイム。

 アキナに連れられて食堂に行った。

 自動ラインが故障で、中はごった返していた。

 ラインの前に腰かけてリストウォッチのオーダ―をかざすと、すぐに料理が、目の前のカウンターに流れてくる。

 それが不具合とあって、テーブルに座りアンドロイドの給仕を待つ。

「取りに行ってもいいんだけど」

 と、アキナは長蛇の列に目をやったが、並ぶのもイヤなのだ。

「お待たせしました」

 ほどなく、アンドロイドが注文した料理を運んできた。ややぎこちない動きがユーモラスだ。

「ありがとう」

 カイトは微笑んで受け取ったが、アキナは仏頂面だ。

 気になって、カイトはアキナに尋ねた。

「アンドロイドがイヤなの?」

「ここのは、なんか無気味」

 清掃や配膳アンドロイドは大量生産で表情の変化はつけられないし、頭髪もない。

 シオンやレイのような育児アンドロイドは、嬰児に人間として必要なすべてを伝える重要任務を担っている。技術の粋を集め、年々バージョンアップする彼らには莫大な研究費がつぎ込まれているのだ。単純作業用とは違う、とアキナは力説した。

「レイやシオンはエリート、選ばれたアンドロイドなんだよね」

 日常的に高度なアンドロイドと接していると、量産型に抵抗を感じる、とアキナは言う。

 カイトには、その考えは理解できなかった。

 今日はシオンと離れていることもあり、量産型に対して、いつもより親しみというか懐かしさを感じる。

「アンドロイドしか知らないと、そうなるのかな」

 アキナみたいに、実の父がいて、近所にノア一家がいて、という生活ではなかった。カイトにとっての大切な存在は、人間ではなく機械のシオン、ずっと一緒に生きてきた。

「アンドロイドの父親べったり、はもう卒業しなよ。生まれたときからシオンと一緒で、愛着があるのはわかるけど」

 アキナの言葉は、カイトには少々きつかった。

 理屈では判っている、いつまでも貸与延長が認められるわけではないし。


 その夜、カイトは、ゲストルームで一人で寝た。

 殺風景な部屋。シオンがいない夜は生まれて初めてだった。

 シオンが編んでくれたマフラーを抱きしめる。

 こういうところが子供っぽいと言われるのか。

 誕生日がくれば19になる。いい加減、大人にならないと。そしてシオンの貸与延長の期限が切れるのは3月、カイトの誕生日の前日だ。

 パパ、と小さくつぶやく。

 シオンに連絡したい気持ちを、カイトはぐっと抑えた。ひと晩離れたくらいで、と笑われそうだ。


 翌朝、ナツキが寮の前まで迎えに来てくれた。彼の背後にいたのは、

「サナエ兄さん?」

 一緒に14歳のバースデーを祝ってくれたサナエだった。カイトより10歳上だから、もう三十台に近いはず。

「久しぶりだね、カイト」

 満面の笑みで両腕を伸ばしてくる。その手をしっかり握りしめるカイト。ナツキも嬉しそうに、

「カイトと朝飯食べるって連絡したら、俺も行くって」

「サナエ兄さんも、ここで仕事してるんですか」

 サナエは頷き、

「家族もこっちで見つけた」

 と笑った。

 パートナーとの間には、子供も生まれたのだという。

「こっちで新しい家を借りたんだよ」

「へえ」

「そのうち、ジェシカと子供にも会いに来てよ」

「はい」

 ダウンタウン行きで途絶えた交流を取り戻せて、カイトは心から喜んだ。



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