第7話 眠れぬ夜

 カイトは寝返りを打った。これで何度目だろう、ちっとも眠れない。

 いろいろありすぎた一日だった。今朝は緊張で早起きし、ライキとの待ち合わせ時間までが長かった。

 二日続けての睡眠不足はマズイ、明日の朝はちゃんと起きて卵を集めたり牛小屋の掃除などをしたい、のだけれど。

「カイト。眠れないの?」

 シオンの声がした。

 隣のベッドにシオンは横たわっている。

「うん。なんかいろいろ考えちゃって」

 今夜もパパは傍にいてくれる、それだけでほっとする。

 しかし、この家では。アンドロイドの扱いが冷たいと感じてしまう。

 夕方、作業を終えたハンたちが戻ってきて、裏口の外の水道で足を洗い、家事室の充電スペースに消えていった。立ったまま朝まで充電するのだ。その光景は、カイトにはショックだった。

 ベッドがふたつある部屋を用意してくれたのは、シオンのことも考えて、というより、そういう部屋しかなかったのかもしれない。

 そんなこと考えても仕方ない。いい人ばっかりだし、きっとすぐに慣れるよね。

 早く寝なきゃ、と焦れば焦るほど、やはり眼が冴えてしまうカイトだった。



 タキも寝付けないでいた。様々な思いがあふれてきてしまうのだ。

 ハヤセは体をくの字に曲げ、脂汗を流していた。額の汗を拭いてやると、

「ママ、苦しい」

 消え入りそうな声で訴えた。つわりが酷いのである。

「そうだね。でもミライも同じ思いをしたよね」

 ちらっとミライを見ると、横に首を振っている。

「私の時は、そんなには」

 ミライの言葉を聞いて、ハヤセは小さく息を吐いた。

「あの時はミライに辛い思いをさせたから。今度は自分の番だなって。でも、こんなに酷いなんて」

「個人差が大きいっていうから」

 そう答えるしかないタキ。

 ママと呼ばれるが、女性だった頃に採取した冷凍卵子を提供しただけで、いまの体は男性。精子も自分のものだから、母であり父でもあるという、きわめてレアなケースだ。

「ミライ」

 ハヤセは、弱々しく手を上げ、ミライがしっかりとその手を握りしめる。

「ごめんね、あんなこと言って」

 こんなに苦しいなら赤ちゃんなんていらない、そう口走ったことを悔いていた。

「こっちこそ、ごめん。ハヤセを辛い目に合わせて」

 いま16週に入ったところだ。つわりは、そろそろ終わるはず、早くそうなればいいのだが。出産は来年の6月だ。

 サヤカを妊娠したときは、突発的なものだった。気づいたらミライは身ごもっており、産まない選択はなかった。

 父たちが生きていたら、どんなに喜んだだろう。   タキの父は5年前、男の体をくれたチハヤの父は3年前に他界していた。

 見せてあげたかったな、ひ孫を。

 父ふたりの笑顔を思い出す。

 でも、孫たちが成人するまで、ずっと一緒に暮らせて幸せだったはずだ。

 闇の中でタキは薄く微笑み、そして突然、ライキの冷たい顔を思い出した。


 タキは、ライキが苦手だ。どこがどう、と問われても困るが、とにかく傍にいると落ち着かない。だから今夜はヤオ邸に泊ると聞いて正直、ほっとした。ライキはヤオとは長いつきあいと聞くが、なんとなく胡散臭いというか、鋭い目でじっと見られている気がするのだ。

 自分が特殊な事情の男だと知っているのか。ヤオかノアが口をすべらせた可能性もある、自分から言いふらして回るほどのことはないが、必死に隠すことではない、この家の者は全員、そのことを知っている。

 もう寝なければ、と思うが、目がさえてしまう。


 カイトがウチに来たのは偶然だろうか。

 育児アンドロイドに依存している感じもするが、今まで身寄りもなく生きてきたのだから当然だろう。うちの子たちと同様、人工子宮から生まれたのに、境遇が違いすぎる。

 ハヤセもミライも両親があっきりしていて、肉親と同居できているが、カイトはそうではない。見知らぬ男女の受精t卵から誕生した子だ。

 ミライとハヤセは恵まれすぎかもしれない。育児の負担を軽くするために、カレンを借りた。あの子たちには苦労させたくない。

 ハヤセたちの育児はアンドロイドの助けなしに行った。ノアも手伝ってくれたし、ミライには二人の父親がいた。タキとチハヤの父たちも健在で、何かと面倒をみてくれた。子供ひとりに大人3人が関わり何とか乗り切れた、それでも夜泣きの時期は厳しかった。3時間おきに交代でミルクを与える日々。

 ハヤセたちにはそんな苦労はさせないで済むはずだ。ハヤセが出産したら、別の育児アンドロイドを借りるつもりだ。

 ふと、レイのことを思い出す。

 ヤオが特注した、アキナのための育児アンドロイドだ、男性型ではあるが、顔はヤオの亡き恋人、レイそっくりだ。声もやさしげ、規定内ぎりぎりで女に近づけたのだろう。

 先日、レイは少し整形した。40代くらいの落ち着いた美女顔。前の顔ではヤオの娘か、アキナの姉に見えてしまう。

 アキナは手を離れたが、ヤオはレイを傍に置いている。ヤオのことを知り尽くした秘書的存在として重宝なのだろう。


 シオンとカイトは兄弟のように見える。年を経ればシオンの方が年下に映るはずだ。

 カイトは年老いても、青年にしか見えないシオンをパパと呼ぶのか。

 この世にたった一人、人工子宮から生まれ落ちた男子。

 その孤独が、タキは分かる気がする。自分も複雑な生を生きているから。

 少しでもカイトの力力になりたい、とタキは思った。

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