第3話 楽園追放
予想以上に酷かったな。
昼間見た、ダウンタウンの様子のことである。
自室のソファでブランデーをちびちびやりながら、ライキはあれこれ思い返していた。
埃っぽく緑のほとんどない、荒れた市街地。明るいうちから飲んだくれている男たち。
ゴミが散乱していたが、収集場は案外、きちんとしていた。真夜中にアンドロイド清掃員が処理しているのだろう。ゴミ集めなど人間がやるものではない、賃金も低いし、と言うが、真夜中の労働を苦にしない彼らのおがげで街は最低限の清潔さを保たれ、ゴミを漁るカラスも減った。
仕事がない、と不平を漏らしながら、清掃員は嫌だとは勝手ではないか。街をクリーンに保つ、立派な仕事だと思うのだが。やりがいがないという理由で工場勤務も嫌われる。
「私は清掃や工場の仕事もしました、真夜中に」
シオンという育児アンドロイドは、小さな声でライキに告げた。カイトがスロットに熱中し借金を重ねていた頃、少しでも生活費の足しに、と、深夜にこっそり働きに行っていた。
「ごめんなさい」
涙を浮かべてカイトは悔いいていた。
「そうじゃないかとは思っていたんだけど、やめられなくて」
ご主人思いのアンドロイドだなあ、とライキは感心した。生まれてからずっと面倒をみていると、そんなふうになってしまうのか。
そして、あのカイトという18歳の青年。
その年齢の男がいるとは驚きだ。あの世代というか、ここ23年ほどの間に誕生した子供たちは、すべて内密に保護、隔離されているはずで、育児アンドロイドがいるとはいえ、ただ一人、放り出されたことに変わりはない。
それでもアップタウンにいるうちは、まだ良かったはずだ。女性が死に絶えた時、子育て中だった世帯、子供が生まれたばかりの世帯に育児アンドロイドが貸与され、家事育児の補助をした。妻を失った男性たちの負担を軽くするための措置で、残された男たちは、それなりに平穏に日々を送ってきたのだ。
カイトがシオンと共に街に来た時、周囲の子供たちは何年も年かさの少年ばかりだったろう。
15歳で、平穏な生活は終わりを告げた。ダウンタウンに移るよう告げられた、とカイトは言ったのだが。
移動命令。
追放だ、とライキは感じた。
まるでアダムとイブの楽園追放だと。
イブは蛇に唆され、禁断の実を食べてしまった。イブに勧められたアダムも同様に食し、神の怒りを買う。
アダムとイブは神が創造した最初の人類。カイトは、アンドロイドに育てられた青年であり、シオンは育児アンドロイド。全く違うのだけれど。カイトは人工子宮に育まれて誕生し、シオンは人が創った機械だ。
カイトは人工子宮から生まれたことに疑いはない。25年前に女性は地上から消えたのだから、その年に生まれた子が、最後の自然分娩児ということになる。以降、1年ほどのブランクがあり、人工子宮による受精卵育成、出産が始まった。
生まれてきたのは、従来の人間とは違う特質を持っていた。各国の上層部はそのことを公にしなかった、新しい子供たちを排除する動きを恐れたからだ。せっかくの命が奪われては、人類の存続が危うくなる。彼らは秘密裏に育てられた。
ところが数年後、普通の男子が生まれてしまった。彼はカイトと名付けられ、アップタウンで養育されることになった。
シオンという育児アンドロイドが、生まれたてのカイトを任されて、今まで面倒をみてきた。
3年前、何かが起こった。だからカイトは追放された。
それが何であるか、想像はつくが、妄想の域を出ない、とライキは思う。
ダウンタウンは危険な場所だ。
治安も悪いし、事件に巻き込まれて命を落とす危険すらある。
もしかして、あの地域は、追放された者の居場所なのか。たとえば医療保険の滞納者とか、アルコール依存症の兆候が認められる者とか。
この3年、カイトはシオンのほかには話し相手もなく、VRで学習を続けてきたが、18歳になって行き詰った。
進学は叶えられず仕事も与えられない。ギャンブルに染まったのは無理もない。
ライキは、何かの悪意をそこに感じた。
18までは面倒を見てやった、あとはどうにでもなれ、保護は打ち切りだ。
そういうことではないのか。
つまりカイトは棄てられたのだ。
自分が借金を肩代わりしなかったら、カイトは今夜は留置所の中だし、その後、どんな扱いをされたか分かったものではない。
人工子宮は人類の希望だった。女性の誕生が期待されたが、芽生えた命は予想と違っていた。それでも可能性はある。子供たちが順調に増えていく中、思いがけず男児が誕生する。既に不要とさえいえる存在が。
抹殺はしないものの、積極的に保護もしない、そういうことなのか。
アマテラスは、よほど男が嫌いだとみえる。
この世を支配しているらしい巨大な力のことを、ライキは思い浮かべた。
今月の給付金が出た。
これからは、ちゃんと生活費に回して、パパを心配させないようにしなくては。光熱費や食費に苦心しているのを知りながら、この数か月、好き勝手してきた自分が恥ずかしい。
カイトは午前中、週に一日だけ開く古着屋に急いだ。割と状態のいい青いシャツが手に入った。
きっとパパに似合う、とシャツの袋を胸に家路を急いだが、角を曲がったところで、
「にいちゃん、可愛いな。イッパツやらせろよ」
酒焼けした顔の男に声をかけられた。
「肌もすべすべだ」
いきなり手を握られ、カイトは声にならない悲鳴をあげた。
「若い子はいいねえ」
歯をむき出して男が笑う。隣にいた男が、
「あんまりからかうなよ」
「あれなら女の代わりになる」
下卑た笑い声を背に、逃げるように走り去る。
良く分からないが、とても嫌なことを言われたのた。
オンナの代わりになる。
オンナ。
ライキさんもその言葉を口にした。絶滅した部族だと言っていたが、さっきの男もその存在を知っている。
ああ、イヤだこの街。
アップタウンをなつかしく思い出す。
しかし、仲良くしてくれた年上の青年たちは、カイトが移動命令を受けたと聞くと、口もきいてくれなくなった。
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