スピード転職叶えたい
『転職?』
「転職?」
俺と千歳で声がハモってしまった。緑さんは申し訳なさそうに身を縮こまらせた。
「本当にこちらの都合で申し訳ないんだけど、千歳ちゃんさえよかったら、金谷神社からうちの建築事務所分所に転職してもらえないかって……」
『え? なんで? 今のままだとまずいのか?』
千歳はぽかんとした。俺も緑さんに聞いた。
「何か事情があるなら、お聞かせ願えませんか?」
「あの、うちの業界の政治的な問題になっちゃうんですけど……」
緑さんは詳しく話してくれた。前、千歳が爆発させられそうになった時全力で抗ったり、これまで千歳は変なことされなければ暴れなかったりの実績があるので、千歳は割と友好的だという見方が広まったらしい。
で、そうとなると千歳は莫大な霊力を持つ友好的な存在なので、取引したいところもたくさん出てくるのだが、千歳の繋がりが金谷家に偏重していると物言いがついたそうだ。
『ワシ、緑さんと仲良しだし、峰家の仕事もしてるけど?』
「制度的に結びついてるわけじゃないからね。制度的なところだけ見ると、養子になってて雇われてる金谷神社ばっかり! ってなっちゃうのよ」
『そっかあ』
「峰家の仕事も私が頼む仕事も、金谷神社通して千歳ちゃんにお金払ってもらう形になってるし」
術式だの御札だの組紐だののお金は、金谷神社から臨時ボーナスという形で支払われている。おかげで千歳は確定申告の必要がないわけだが、そうか、そういう問題があったのか……。
俺はまた緑さんに聞いてみた。
「物言いって、どんなところから付いてるんです?」
「……主に私の旦那」
緑さんは目を伏せた。
「え」
えっ、緑さんの旦那って、つまり朝霧家の跡継ぎで……自分の不妊を頑として認めないで、緑さんに子宮頸がんのウイルス移して緑さんが子宮取る原因作った人じゃなかったっけ!?
「あの、話は聞いてますが、そんな人からそんな文句つけられたんですか、大丈夫ですか?」
『緑さん、そんなやつの言うことなんて気にしなくてよくないか?』
千歳も心配そうだ。
「まあその、愛想尽きたどころの話じゃないんだけど、私もいろいろしがらみがあるし、旦那も物言いつけたい人を集めてたりして、旦那だけが言ってるわけじゃない状態なのよ」
なるほど……。
『えっと、転職しなかったら緑さん困るんだったら、する。でも、緑さんのところに転職で大丈夫なのか?』
千歳は心配そうだ。
「それは大丈夫。まあ、旦那は自分に利益誘導したかったから不満だろうけど、旦那が集めた人は金谷家に偏重しなければとりあえずはそれでいいって感じだから。うちに転職して、いろんな家の仕事引き受けてくれれば問題ないの」
なるほど、多方面の不満は解消したいけど、旦那さんは蹴りつけておきたいと。
『じゃあ、緑さんのところに転職して、仕事はどこでも受ける』
「そうしてくれると助かる!」
『給料とかの条件は金谷神社と同じにしてくれるか?』
「もちろん。なんだったらもっと上げられるし」
『んー、固定の給料は同じでいい。霊力込めるような仕事くれるならそっち頑張る』
今の千歳の給料の状況としては、除霊をいつでも受ける代わりに月十万、組紐や御札の仕事に臨時ボーナスとしてたくさんもらってる形だ。
緑さんは俺の方を見た。
「和泉さんに千歳ちゃんの仲介料払ってましたけど、うちもそれ引き続きやります。なので、条件面は何も変えません」
「あ、ありがとうございます、助かります」
俺は頭を下げた。千歳が俺を指差した。
『ワシ家買うんだけどさ、こいつ、金貯めてワシに払って家を共同名義にしたいんだって、それ用に仲介料使いたいんだ』
「あー、狭山くんから聞いてる。ええと、うちに転職って来月からでもいい?」
『うん』
千歳は素直に頷く。
「金谷神社に退職届書かないとダメだけど、適当にテンプレート検索したの書いてあかりちゃんに渡してくれれば、あとはこっちでやるから」
『わかった!』
「うちとの雇用契約も今月中に結んでほしいかな、よかったらうちの社員と顔合わせもしてくれない?」
『事務所って川崎だよな、事務所行けばいいのか?』
「うん、その辺の予定は改めて調整して連絡するね」
そういう訳で、千歳はスピード転職することになってしまった。
話が終わり、喫茶店から帰りながら俺は聞いた。
「緑さんところの社員さんって、どんな人だろうね?」
『んー、なんか、常勤の人はそんなにいなくて、狭山先生みたいに、本業は別にあってたまに力借りる非常勤の人が多いって聞いたことある』
「へえー」
『分所では緑さんが一番えらいんだけど、緑さんは紅茶飲みまくるために率先してみんなにお茶いれてるんだって』
「割と職場環境よさそうだね」
いきなりの話で驚いたけど、緑さんがトップのところならまあ大丈夫か。千歳が楽しく仕事できるなら、それが一番だな。
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