もっと大人に近づきたい

 翌日、緑さんから千歳のメールアドレスに雇用契約書が送られてきた。大丈夫なら、プリントアウトして押印して送って欲しいとのことだ。


『ワシ、全部読んで、変なとこないと思うんだけど、お前にも読んで欲しい』

「オッケー、夕飯の後でいい?」


 夕飯の後というのは、つまり俺が仕事終わった後ということである。


『うん、悪いな』


 そんなこんなで俺は一日仕事をしていたのだが、夕飯の席で、千歳はなんか自信ない顔で『自分で契約書読んでもわかったか自信ないのは、子供かなあ』とこぼした。


「いやー、大人でもその辺あやふやな人はたくさんいるよ」


 俺は苦笑した。


『そうなのか?』

「ろくに読まずにテキトーに契約して、後でひどい目に遭うとかよく聞くし。しっかり契約書読んで、信用できる人にもチェック頼むっていうのは大人でも上の方の振る舞い」

『えっ、じゃあワシその辺は結構大人か!?』


 千歳は、とたんに嬉しそうな顔になった。


「うん」

『やった!』

「食べたら俺も読むからさ。緑さんが持ってきた話なら多分大丈夫だけど、一応しっかり確認しておかないとね」

『あとさ、金谷神社に渡す退職届って、一身上の都合って言って書けば大丈夫だよな?』

「それで平気だろ、緑さんも金谷さん通して事情は話してるみたいだし」

『これまでお世話になったし、手書きで書いたの渡す』

「気遣いだねえ」

『大人か?』


 千歳は瞳をきらめかせて俺に聞いてきた。


「だいぶ大人だよ」

『よっしゃ、頑張ってもっと大人になろうっと』


 千歳はガッツポーズをした。

 実際の話として、素直すぎるのと現代の知識が抜けているのを除けば、千歳はしっかりしている方なのだ。渡してる食費も生活用品費も無駄遣いしないから金銭管理できてるし、SNSも平和に使えてるし。

 まあ、これまで俺がいろいろ教えた成果もあるんだけど、話したらちゃんと聞いてくれて、学んで伸びてくれる人がそばにいるっていうのは、ありがたいことだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る