家事への感謝を忘れない

 おばあちゃんとリモート面会してる。栗田さんから聞いているだろうとは思ったけど、俺は改めて、両親が活動休止中で原因は母親の病気らしいことを話した。

 おばあちゃんはため息をついた。


「ちょっとしたことで具合悪いって騒ぐ子だけど、そこまでとなると本当に具合悪いのかしらねえ……」


 おばあちゃんにかかると還暦の人でも「子」なのか。まあ母親は確かにおばあちゃんの姪っ子だけども。

 俺は聞いた。


「おばあちゃんには、お父さんたちから相変わらず何の連絡もないの?」

「ないわねえ、おばあちゃんがコロナかもって時も職員さんが連絡入れてくれたんだけど、釈はお仕事的に、近しい人にコロナがいると都合が悪かったんじゃないかしらあ」


 釈は父親の名前である。


「そんな……」


 確かに、アロマと漢方薬で何でも治る、病気にかからないとか言ってる人たちだけどさあ。

 おばあちゃんは、さみしげに言った。


「何にもできないおばあちゃんには、釈もくろはさんももう興味ないのよ」

「…………」


 なんて言っていいかわからなくて、俺は言葉が出なかった。


「豊ちゃん、千歳さんとは仲良くやってる?」


 露骨に話題を変えられたけど、俺は話題を変えてくれてありがたかった。


「仲良くしてるよ、ていうか千歳が本当に良くしてくれるから喧嘩の種なんてないし」

「どんなこと良くしてくれるの?」

「いやもう、毎日おいしいもの作ってくれて、栄養も俺が食べ過ぎちゃいけないものもすごく気を使ってくれて、洗濯も掃除もほとんどやってくれて、毎日きれいな服着られるし、部屋のほこりも気にしなくていいし……」

「そう……豊ちゃんはそういうの、当たり前とは思わなくて、大事なことと思うように育ってくれたのねえ……」


 おばあちゃんは、しみじみと言った。


「え、どういうこと?」

「……釈はねえ、そう言うの当たり前、自動的にきれいになるしご飯が出てくるものと思って育っちゃってねえ」

「え」


 そうなの?

 驚いたけど、そう言えば、これまでの話聞くに、父親は家事をぜんぶ足の悪いおばあちゃんにさせてたらしいことに気づいた。つまり、おばあちゃんが大変でも、全く手伝ってなかったのだ。

 実家にいた頃も、そう言えば父親は家事を全く手伝わなかったしなんでも当たり前のようにおばあちゃんにやらせてた。その度におばあちゃん、「豊ちゃん、手伝ってくれる?」と聞くからなるべくやってたけど……。

 おばあちゃんは話を続けた。


「どうして釈はああなっちゃったんだろうと思って、身の回りのこと私が何でもしてあげたからそれが当たり前だと思っちゃったのかと思って、豊ちゃんには身の回りのこと一通り自分でできるように教えて、教えるところは釈に見せるようにしてたんだけど、何も変わらなかったわあ」

「そ、そうだったんだ……」


 あっ、だから、父親に見えるところで俺に手伝ってって言ってたの!?

 おばあちゃんは、寂しそうに笑った。


「だから、釈は、家事のできないおばあちゃんには興味ないんだと思うわあ」

「そんな……」


 否定してあげたいけど、否定できる材料がない。


「でも、豊ちゃんの育て方は間違ってなかったみたいだわあ」


 おばあちゃんは、今度はうれしそうに笑った。


「豊ちゃんは、千歳さんに感謝を忘れないで、大事に大事にしてあげるのよ」

「……うん、大事にする」

「千歳さんが大変なときは、手伝ってあげるのよ」

「うん、千歳が大変なときは俺ががんばる」


 それから、お互いの近況を話して面会は終わった。

 遠くの業務スーパーから帰ってきた千歳に、面会のことを話したら『お前はもうワシのことすごく大事じゃないか』と言われた。


『ワシが飯作れないとき、代わりに作ってくれたりするしさ』

「まあ、千歳には及ばないけど……」


 簡単な料理しかできないけど。


『代打やれれば十分だよ。お前のおばあさんの教育は間違ってなかったな』

「そっかあ」


 おばあちゃんが俺にしっかり教えてくれたから、千歳のやってくれてることのありがたさが身に沁みるし、千歳が大変なときは代わりになることもできるのか。

 ……おばあちゃん、ありがとう。

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