正直ベースで話したい
緑さんと千歳とで打ち合わせた後、喫茶店で藪さんと会った。藪さんは中肉中背の壮年の男性で、特徴のある顔じゃなかったけど、目に強い光が宿っていた。この人が書いた記事をいくつか読んだけど、ニセ科学や陰謀論で稼いでる人を許せない気持ちが伝わってきたし、派生して他の不正も許せない人なんだろう。だから、集団拉致事件にも何かあると思ってるんだろうけど……。
「こんにちは、和泉豊と申します」
「本日は申し訳ありません、藪春人と申します、新聞記者をしております」
緑さんと千歳のことも関係者だと紹介して、名刺交換をし合う。
『すみません、ワシ名刺とかないです』
「ああ、いえ、大丈夫です」
藪さんは、千歳にずっと不思議そうな視線を向けている。そりゃ、中学生くらいの子が完成車って言って来たら不思議ではあるよな。この上なく関係者なんだけども。
店員さんが飲み物を持ってきて、去ってから、俺は「結論からお話させていただきたいです」と藪さんに言った。
「あの、この金谷千歳が集団拉致犯を捕まえて人的被害を押さえた人で、怨霊です」
「は?」
藪さんはポカンとした。それはそう!
『今証拠見せます!』
千歳はボンと音を出し、黒い一反木綿の格好になった。これをやるから個室じゃないと無理だったんだよ。
藪さんは口と目を全開にしてしまった。
「は!? ええ!?」
緑さんが畳み掛けるように言う。
「で、集団拉致犯は、生霊が核になった悪霊なんです」
「はい!?」
藪さんは驚愕したままだったが、こちらとしては嘘を付く気はまるでないので、緑さんと淡々と説明した。俺の両親のシンパの一人を親に持つ子が、親を変えてしまった俺の両親とそのシンパを憎んでいたこと。その子がたまたま生霊になってしまったこと。その生霊が、霊力の使用に詳しい霊と融合し、さらにコロナやニセ医学の被害で死んだ人の霊複数と融合して強力な悪霊となり、憎む相手の拉致に至ったこと。俺も拉致されたこと。千歳がその悪霊を捕まえてタコ殴りにして、拉致された人たちの開放に至ったこと。
緑さんは最後に言った。
「私達はその生霊が誰か知っていますが、名前は言いたくありません。本当に子供だったし、幸いにも大きな人的被害はありませんでしたし。まあ、今の情報だけでも調べたら行き着くかもしれませんが、それでも私たちはその子の名前を言いたくありません」
俺も緑さんの言葉に続く。
「私も同じ意見です」
鹿島さんを守るため、こういう話の流れを緑さんとあらかじめ打ち合わせていたのだ。
藪さんは苦悶するような顔をした。
「その……ちょっと、前提からして理解し難くて……」
緑さんは苦笑した。
「そうだとは思いますけれど、生霊の子が誰か以外についてはすべて正直にお話しています。で、なぜ正直にお話しているかというと、嘘をつきたくないというだけでなく、情報があったら教えていただきたいことがあるからです」
「え、なんでしょう?」
「生霊の子に、霊力を悪用する手段を教えた霊、和束ハルという人についてです」
「和束ハル?」
緑さんは和束ハルについて説明した。コロナで亡くなった人で、霊力の使い方や霊力を使う術に詳しいこと。悪霊の件を皮切りに、度々千歳に接触していること。2024年夏前の横浜駅の騒ぎは、千歳を爆発させようとした和束ハルが犯人であること。千歳が爆発していたら核爆弾級の被害が出ていたこと。和束ハルが千歳をどうにかしたいがために、俺も和束ハルに殺されかけたこと。
「そう言う訳で、霊でなかったら凶悪犯です。私達は和束ハルをずっと追っていますが、本当に痕跡がなくて。記者さんなら、生前の和束ハルのことについて調べ方が分かるのではないかと思っています」
「……その和束ハル、放って置いたらまたとんでもないことをやらかす可能性があるってことですか」
藪さんの目に、また力が宿った。正義感の強い記者さんなら、今の話を聞いて確かに放っておけないよな。
「そういうことです。どうか、ご協力いただけないでしょうか?」
「そちらが、ご存知の和束ハルの情報をすべて教えていただけるなら」
「頂いた名刺のメールアドレスに送ればよろしいですか?」
「はい」
よかった、話まとまりそうだ。
藪さんが、俺に目を向けた。
「あの、和泉様」
なんだろう?
「はい、なんでしょう?」
「その、ここまで予想外のことを聞かせていただけるとは思っていなかったんですが、最初の予定としては和泉様に最近の和泉和漢堂の動向をお聞かせするつもりだったんですが……聞いていかれますか?」
最近の両親の動向。
……聞きたくない。嫌な気持ちになるから。
でも、聞いておく義務がある気がする。俺に被害が来る話なら、聞いておくことで防御態勢が取れるかもしれないし。俺は、千歳とのおだやかな生活を、失いたくないし。
「……ぜひ、お願いします」
俺は、藪さんに頭を下げた。
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